今の「常識」を信じたい

何故目の前に座って話している人が、どうして俺のことを知っているのだろうか・・と思っていたら、
次第に1週間前にも会って話している記憶が戻ってきた。
さもなくば、完全に忘れてしまうところだった。

映画をテレビやDVDで見る。1度見た作品だったことに見終わってからやっと気がつく。
忘れているのだから、新鮮な気持ちで、新作品を見た気分でいられる。
そうだとしたら、逆に得をしたと無理やり納得する。

映画やドラマだったらいいが、これが社会的な人付き合いだったかなり問題だ。
名前が思い出せないなら、せめて顔を覚えていることを意味するのだからまだいい。
存在自体を忘れたら、そのことに気が付かないなら・・・。
病気の類に含められる可能性が高くなるかもしれない。

繰り返すが、脳神経は死ぬまで発達し続けると言われている今の「常識」を信じたい。
ただ、最近は「これまで常識」だったことがコロコロ変わる。
ある日、突然間違いでした・・・本当はコレコレです、と。


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# by nshimaafrica | 2017-07-21 10:11 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

Westworld ウエストワールド season 1

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見始める前に物語の大枠を知っていたので、物語が展開する上で戸惑うことはなかった。

時系列な混乱はなかったが、人間とアンドロイド(ホスト)の関係が結構複雑にできている。
ホストが「自意識」を持つようにプログラムされていたのか、仕向けられたたのか、
或いは本当に自意識が発生したのかは、シーズン1でははっきりしない。当然、させない。

ウエストワールドを創ったフォード博士は、ほとんど「神」、その立場とホストの関係は、
自分の立場を解釈しきれない「人間」のようなものだ。面白いのは、時間のトリックと
状況が繰り返されて、ゲームが終わるたび少しずつバージョンアップとしていく過程が
物語の重要な要素だ。バージョンが変わるたびに少しずつホストの中の無意識?の経験値が微妙に上がる?が、
時間(年月)も過ぎていく。しかしながら本当は経験値が上がっていたのかも怪しく、
それすらも最初からプログラムされていたのではないかと思わせる。
しかも、しまいにはフォード博士自身もホストではないかと勘ぐりたくなる。
今のところわからない。

ウエストワールドの真っ青な空、広大な空間、それに対し、
全てをコントロールする窓もない地下の深い無機的な制御装置が対照的。
更に寂しい音楽が毎度、益々やりきれなさを募らせる。

ブレードランナーの登場人物をトゥルーマン・ショーの設定で動かしたように感じた。
トゥルーマン・ショーのエド・ハリスが出演しているのは、製作者たちの意図が明らかに反映している証だと思える。


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# by nshimaafrica | 2017-07-20 09:28 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)

知らないうちに崖っぷち・・なんてことは考えない

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10代は旅の憧れだけで満たされていた。
上温湯隆の「サハラに死す」「サハラに賭けた青春」などを読んで
刺激を受けた典型的な若者の一人だった。
単純に恰好いいと思った。
海外へ出る、それだけで既に夢の話で、自分には到底できない遠い世界に思えた。
その意味で、スマホひとつでどんな情報も入手できてしまう現代は、便利ではあるが、
少しつまらないし、訳の分からぬ妄想を抱くことができない分、逆にもの哀しい。

20代後半、東京で就職していた。毎日会社へ行くが嫌で嫌で仕方がなかった。
いざとなると他の事を考える意気地、度胸がなかった。
大学の時と同じだった。
それでも尚、どうしようもなく行き詰ったなら、バイクで世界旅行に出ようとなどと妄想した。
今から想えば、そもそもバイクで云々と考えられるなら、
少しも行き詰ってもいないし選択肢としてまだ冷静なはず。
極めて正常な判断に近いかも。
バイクで世界旅行などと言ったら、
その行為を進めるのに煩雑な手続きをこなさなければならなないのは自明の事。
しかもそれなりの資金がなければ始まらない話だった。
バイク以前にまだまだ未知の事だらけで満たされていたから、まだ選択の幅もあったはずだ。
結果的に何も出来なかった。

今、還暦を目の前にして、頭の中にカスが溜まることが多くなってきた。
精神、体も以前と違う。
脳味噌が正常な働きをすることを大前提にして、
さて、どうしようもなくなったらどうするか。
後の事を深く考えないで、思考停止にし、
思い付きで行動してしまうのも一つの手かもしれない。
もちろん犯罪は含まれない。
知らないうちに崖っぷちに立ってしまう・・なんてことは考えない。


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# by nshimaafrica | 2017-07-19 15:44 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)

地に足が着いていない感覚

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今まで最も地に足が着いていないフワフワしたような感覚になったのは、成田からマラウイへ発った日だった。
例えると、映画「マトリックス」の中で、モフィアスがネオに赤と青のピルを選ばせられるような気分だった。
恐怖ではなく、映画のように鏡の中へ指が入り出した感だった。もう戻れないと思った。
あの瞬間、脳内ではアドレナリンが出っぱなしになっていたのだろう。
若いと言っても既に40歳に手が届く年齢に近づいていたのに情けない話だ。
他人なら何も思わないことも、奥手の俺はたぶんよけい大袈裟に感じたのだろう。
いい点があったとしたら、小心者の方が、警戒感が強くなり防衛本能も100%発揮できたことだ。

日本国内でわざわざもめ事が起きそうな所、金のかかりそうな遊びなど全く興味もないし、
逆に敢えて通り過ぎたいと思って生活している。
その点では、完全に人並み以下の望みと生活レベルであることに十分納得している。
つまらない、世の常識がないと言われても少しも気にならない。
だが、仮に地方の保守的な日本の田舎で生活をするなら、かなり複雑な感情に苛まれると思う。
まだまだ達観はできていない。若かった頃のトラウマが未だに顔を出すことがある。


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# by nshimaafrica | 2017-07-17 08:45 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

ワンルームマンション付近での出来事

都会の喧騒を避けるのと通勤の便利さを考え、都営三田線中延周辺で
物件を探した。1986年くらいか。

大田区洗足池の近くのワンルームマンションの1階に住んだ。つまり鉄筋のアパートだった。
当時、「ワンルーム云々」という言葉に対するなんとなく憧れがあった。
壁が薄くない隣の音が聞こえてこないコンクリートでできた建物の1室に住みたいと思った。
就職できたので、少しぐらい生活のレベルを高めてもいいと思った。

祐天寺の仮住まいから引っ越してきたが、荷物はほとんどなかった。
ベッドがなかったので、布団を洋間にひいて寝た。辺りが静かになると
ブーンという機械音が床から直接伝わってきた。
まだ部屋に慣れていなかっただけかもしれない。

初夏の夜、暑いので部屋のあかりを消し、暗くして窓を開けて寝ていた。
眠れなかった。

草を切るような音が繰り返し耳に響いてきた。
アパートの建物の近くで、誰かがゴルフのスイングの練習をしていた様子。

発作的に「うるさい」と叫んだ。スイングの音が急に止むと大声で「誰だ、今言ったのは?」
どこの部屋から苦情を言われたのかわからない様子だった。
ただじゃおかないみたなことをブツブツほざいていた。

布団にくるまって息を殺して気づかれないようにしていた。


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# by nshimaafrica | 2017-07-16 10:36 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

八紘学園花菖蒲園 2017年

前年に引き続き、また花菖蒲園。
昨日、一昨日の猛暑。湿気も幾分感じるのは気のせいか。
福住駅から、菖蒲園までゆっくりと歩いた。
ポプラ並木までたどり着くと、日陰の小道が続く。
花菖蒲園に入っても暑くて自然に日差しを避けられる場所へ目がいく。
帰りは農産物直売所でソフトクリームを食べた。

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# by nshimaafrica | 2017-07-15 13:32 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)

仏壇の水晶

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小学校低学年の頃、祖父の弟つまり大叔父と一緒に近くの河原へ散歩に出かけた。
日が暮れる前、辺りが薄暗くなりつつなる夕方だった。
河原の丸い形の石の中に、半分だけ埋まったやけに角ばった透明な石を見つけた。
すぐに珍しい石があることを大叔父へ伝えた。
大叔父は、表情を変えず何事もないように石を掘り出して、何も言わず家に持ち帰った。

数十年ぶりに訪問した。
大叔父の家の仏壇に大叔父の写真とともにそれが飾ってあった。
事実を知るのは大叔父だけだった。
2年前、大叔父の息子つまり従叔父も亡くなってしまった。
水晶の出処も一緒にお墓の中。
もちろん、またいとこは知るはずもない。

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# by nshimaafrica | 2017-07-14 18:05 | USA以前、1980年迄 | Trackback | Comments(0)

暑いのが続けばやり過ごせそう

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毎年6月の終わりから7月中旬まで、河原や空き地に生えるブタクサの類に反応する。今年、アレルギーの薬を服用したのは1回切り。昨年の残りで間に合った。

眼が痒くなり、くしゃみも出る。
夜中に鼻が詰まり、息ができなくなって眼が覚めることが度々あった。

今年ほとんど何も症状が出なかったのは、たぶん空気清浄器が効いていたのだ。空気口の向きを変えてみたら、朝までくしゃみも鼻詰まりもなく済んだ。

暑いと花粉が飛ばなくなるようだ。
毎年暑さとともに花粉症も終わる。
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# by nshimaafrica | 2017-07-12 22:10 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

続き「仕事」の記憶は定着しない

英虞湾で真珠の養殖を見た。
明治村へ行ったと思う。
渥美半島の先端に行った。
中小企業への助言を女将がすることで有名だった知多の旅館で、女将自身がシャコを剥いてくれた。
磐田の農業試験場に1ケ月以上いた。
高速道路関越道を行ったり来たりした。
首都高を回るだけ回った。
葛西臨海公園へ行った。
箱根のロープウェイに乗った。
所沢ATCへ行った。
成田空港の管制塔へ登った。
工事中の東京駅地下へ潜った。
工事中の営団地下鉄南北線を見学した。
つくばへ行くのに荒川沖か牛久で何回も乗り換えた。
筑波山へ登った。
木場の貯木場へ2週間通った。
小名浜の合板工場の近くの旅館に1ケ月泊った。
コシヒカリの産地と弥彦山の周りを動き回った。
震災前の石巻の牡蠣の養殖場、海へ行った。
八戸の蕪島ウミネコ繁殖地へ行った。
豊平峡ダムを見た。
北大近くの北12条近くのホテルに泊った時、5月に雪がちらつき驚いた。

思い出せる分だけ書き出した。
ほとんど忘れてしまっている。

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# by nshimaafrica | 2017-07-12 08:07 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)