辺見庸『こころの時代~宗教・人生~「”在る”をめぐって」』


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血まみれの惨劇に染まっていない人間はいない。

さとくん以外、何故生まれてきたなどと不躾な質問をする者がいない。

きーちゃんにとって「在る」「無い」はどちらでもいい。

きーちゃんとさとくんは、感情がむき出して合致した。

優生思想は当事者になっていない。皆、その外にある。
辛さの飛沫を浴びることはない。

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存在は哀しい。つまりわからない。善悪を持ち込めない。

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想念が存在を自由にする。

静けさの向こうに死の世界がある。それを了解している。
確実に「消失」nowhere が迫ってくる。

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さとくんときーちゃんは同じ。

宇宙を存在させる「弱い力」がさとくんときーちゃんを創り上げた。

「与死」--殺してしまうこと。終末医療の考え方。
国家が人の死を決定していいのか。「与死」を我々は肯定してしまっている。
死刑は、ある意味で反対なき殺戮である。

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「在る」は、意味、意義がない。しかたがない。安倍も天皇も皆もそうである。

「在る」なら「こうしなければならない」とするのが、国家の考え方である。

存在物に意味を強要や剥奪をしてはいけない。

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言葉が気持ちわるくなっている。言い逃れを認めてしまうこの社会が気持ちわるい。

最も弱い物の声を聞くことは、宇宙の残響を聞くことかもしれない。

さとくんを正当に反論するなら、死刑にしてはいけない。

朝の夜露の美しさは、さとくんから出てきたものかもしれない。
血飛沫かもしれない。


# by nshimaafrica | 2019-01-19 21:04 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)

世界ネコ歩きと日光浴

BSの世界ネコ歩き(メキシコ)を見ていたら、具合のわるい猫が日なたぼっこをして回復を待っているとの解説があった。

聞いたことのあるフレーズだと思った。

少なくとも自分が知っている範囲の南部アフリカでも見聞きしたからだ。
1980年代、90年代の話である。現在どう変わったのかは知らない。
それは猫ではなく、現地の人達だった。
特にマラリアに罹患してから回復を促す方法が日向ぼっこだった。
最初は何をしているのか理解できなかった。
日常周りでよくみかけるので、何回も同じ質問をしてみた。
何故うずくまっているのかと尋ねると、太陽の光を浴びることで病状がよくなる、毎度の答えだった。
当時、極めて一般的な民間の対症療法だったと思う。

番組での岩合氏コメントは、おそらくは過去のタンザニアでの経験から得た着想ではないかと勘ぐっている。


# by nshimaafrica | 2019-01-12 10:55 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)

今でもはっきりと記憶しているニュース

1980年の何月かは忘れた。
今でもはっきりと記憶しているニュースがある。
NHKの夕方の放送だった。
アメリカのニューヨークで奇妙な症状の病気が発生しているとの内容だった。
病名も治療方法もわからないとの事だった。
心に引っかかったのか何故か強い印象が残った。
あと付けの印象や記憶では断じてない。アメリカへ旅立つ前の時期だったと思う。

1984年1月から1986年1月までアフリカのザンビア共和国ですごした。
当時、エイズの事が現地で蔓延していたなどと少しも認識していなかった。
ただザンビア人が「スリム病」と呼ぶ伝染病が存在することを何となく気づき始めていた。
その頃、自分が住んでいたアパートの敷地内に住む警備員の姿を見ないなと思った矢先、
人づてに2週間後亡くなっていたことを知った。
それから普段の生活や周りで見かける人間が急にいなくなり、
後から死んでいたなどという出来事を何度も経験した。

少しずつ事情が具体的になってくる。次第にやせ細り、具合がわるくなり、最期には死に至る。
しかも治療方法がわからないとのことだった。
1980年の頭の片隅に残っていた記憶が蘇って、ついに眼の前の事実と重なった。

ただ、いつからアフリカが発祥の地であることを知ったのか思い出せない。

帰国した1986年以降、思い出せる数名の日本人が亡くなったのを伝え聞いた。
治療方法が確立される前の時代だった。


# by nshimaafrica | 2019-01-08 18:48 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

年末に向かって

嫌なことや人が原因で心が乱される時などに対する一番の解決方法は、
関わる情報から距離を置くことと忘れること。
学校での虐め対処法と変わらないかな。


# by nshimaafrica | 2018-12-23 18:22 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

白昼夢の景色

突然眼を開けたまま夢をみることがある。
眼の前の景色は具体的に見えるのだが、
頭の中ははるか彼方の土地を夢見ている。
行ったこともない外国の風景や光に変化する。
極めて精神状態がいい兆候だ。

若い時は妄想の連続だったが、歳を取るに従い、
その回数も知らぬ間に少しずつ少なくなってきた。
老いてその想像力が落ちてきたことを自覚する。

緑内障の、気づいた時には視野欠損が広がっていたなんてあるように、
白昼夢は、ある種のリトマス試験紙なのかもしれない。


# by nshimaafrica | 2018-12-15 13:37 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

夢をみた朝

朝方、毎日必ず夢をみる。夢をみられない時は明らかに後からメンタルの調子が十中八九悪くなる。
今朝は、昔お世話になった人とか知り合いだった奴が現れた。
物語の展開は夢だからもちろん奇想天外。
夢の中での自分の対応と現実生活での反応があまり変わりない。
夢の中でさえ自分の性格の限界を感じてしまう。
旭川での商品配達の日々とトリダード島でのプロジェクトリーダーが現れ、混ぜこぜになり、
あれだから、こう、これならあれといった具合にとんでもないストーリー。
普段の現実の生活にあまり変化がないから、十分な夢で毎朝海外旅行から帰ったばかりの気分になる。
頭の中のカスがきれいに取り除かれるのを自覚できる。
脳味噌がキレイに掃除されている限り、認知症になることはまずないだろう。


# by nshimaafrica | 2018-12-11 13:51 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)

BS 世界のドキュメンタリー「ヒトラーの子どもたち」

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ナチスのレーベンスボルン計画の下地には、
千年王国、第三帝国の労働力の確保があったらしい。
以前の旅行でのベルリンの博物館やアウシュビッツなどで、
ナチが醸し出すイメージを皮膚感覚で捉えることができたが、
このドキュメンタリーで初めて、ナチスがヨーロッパ東部やロシア地域を、
文明人が支配する土地とみなしていなかったことの説明に、
軽いめまいのようなショックを受けた。

ポルトガルやスペインがアメリカ大陸を未開の地と定義していたように、
フランスやイギリスは、アフリカ大陸を野蛮人の、手付かずの土地と見ていた。
つまり誰の土地でもないように立ち振る舞ったのと同じように、
ナチスドイツにとってヨーロッパ東部は、アフリカと同様、黒人の代わりにポーランド、
ロシア人が住む蛮族の土地だったわけだ。
侵攻、侵略しても全く不思議ではない。

かつてゲルマニアがローマ帝国にとっては蛮族の地域だったように。

ドイツ、ポーランド、ウクライナ旅行 その11 3月13日~4月12日 ポーランド アウシュビッツ1


# by nshimaafrica | 2018-12-07 11:42 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)

チョコレート・美味しさ再び

使用しているチョコはフランス、スイス、イタリアもちろんベルギー産。
ベルコラーデはゴディバも使っているメーカーとの事。
本当に美味しい。同じフレーズとなる。

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# by nshimaafrica | 2018-12-02 17:18 | ★たべもの | Trackback | Comments(0)

「80’s」橘 玲

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同じ時代を生きてきたことに共感できる一方、世の中の見え方もこんな風に違いがあったのだと痛感させられる。
「マネーロンダリング」「永遠の旅行者」「タックスヘイブン」などの小説を先に読んでから「80’s」に至った。
それぞれの小説の主人公は、果たしてどんな育ち方をした設定なのだろう。
普通の日本人ではほとんどありえないと思ったものだ。
橘玲のエッセイ、ハウツー物?などを全く読んだことがなかったので、
作者は、相当に地頭が良く元々資産家でスマートな人生を築いてきたに違いないと勝手に思いこんでいた。

実際は、若者なら誰もが抱くような疑問や悩みに直面し、そのつど行動し、変化を重ねてきたようだ。
但し、眼の前の問題に対し、一々の対処の仕方の中に普通ではない高い学習能力を感じる。

自分の80年代を振り返る時、どうしても櫛の歯が欠けたような記憶しか残らない。

この歳になって若い時期にすべき苦労をしなかった分のつけが回ってきた気がする。
悔いはないが、そのつどの決断の積み重ねが今なのだろうと思い込もうとしている。


# by nshimaafrica | 2018-11-21 13:31 | ★音楽、本、DVD | Trackback | Comments(0)

たまの外食

ネットで中南米料理風?と称する札幌市内のレストランで食事してみた。
最近少しだけいい出来事が起きたので、たまに外食ぐらいいいのではと思ったのだ。

帰りは料理に幾分期待した自分が馬鹿だったと繰り返し反省。
本物の味を知らなくてはお話にもならない。
その手の料理をするレストランで働いたことがあるだけの経験らしい。
妄想のメキシコ料理、ペルー料理でもいいから、もう少し量だけは多めにしてほしい。

本格的味わいと値段の妥当さの点からすれば、小樽駅近くのパキスタン料理の方がはるかに満足感がある。


# by nshimaafrica | 2018-11-19 12:42 | ★たべもの | Trackback | Comments(0)