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2011年 04月 25日

LLW JNB LAX:97年, 98年, 03年 欠航でホテル BA, SA, NW

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これまでにマシントラブルが原因で飛行機が欠航になりホテルに泊まったことが3回ある。作り話ならよかったが。

1回目が1997年10月、マラウイ、リロングウェからロンドン行のブリティッシュエアウェイズのフライトで発生した。ロンドンへの出張だった。午後のフライトがマシントラブルで、南アから部品取寄せが必要になり、急遽市内のキャピタルホテル泊になった。翌日ホテル発10時で空港に到着するも、引き続き遅れ続け、結局リロングウェ空港にある機体への部品調達が不可能という結果になった。一旦、SASと書かれた機体の飛行機でヨハネスブルグへ移動して、そこでロンドン行フライトに乗り換えることになった。SASがどこの航空会社かよくわからず、どうも南ア航空から飛行機を借りたらしいことが後からわかった。リロングウェ空港を飛び立ったのは夕方で、眼下に南アの町並みが見えてくるとその明るさにに仰天した。1997年8月に赴任して、たった3ヶ月間でマラウイの夜に慣れてしまっていたことを改めて認識した。ヨハネスブルグ空港でブリティッシュエアウェイズの座席に座った途端、食事もとらず翌朝ロンドン到着まで目が覚めることがなかった。

2回目は1998年4月2日、南ア、ヨハネスブルグ空港からオーストラリアの西海岸パース行の家族でのフライトだった。マラウイのリロングウェからヨハネスブルグに到着し、南ア航空のトランジットカウンターへ航空券を差し出すと同時に、フライトは延期で今晩はホテルが手配するホテルに泊まってくれとの事だった。ホテルと食事のバウチャーが渡された。航空会社が用意したタクシーが、バウチャーに手書きされたサントン地区のホテルへ1時間くらいかけて連れて行ってくれた。ホテルのレセプションにバウチャーを見せたが、すぐには手続きが進まず、ロビーで30分程待たされた。同じ名前のホテルが2件あり、タクシーの運転手が間違えて上等なホテルの方へ我々を連れて来てしまったようだった。そのまま、そのホテル(The Oasis)でOKということになった。一日遅れたことよりも、久しぶりに上等な部屋に泊まれることが嬉しかった。3人で乾杯した。

3回目が2003年7月、健康診断のため家族での一時帰国途中に起こった。アメリカ国内に立ち寄った後、ノースウエストによるロスアンジェルスから成田行のフライトだった。待合室のロビーで案内のアナウンスがあり周りが急にざわつき始めた。マシントラブルが起こったようだった。今晩はホテル泊になり、明日のフライトに切り替えられる旨の内容だった。用意されたのはクラウンプラザホテルで食事、国際、国内の電話、マイレージポイントのバウチャーだった。別に急ぐ旅でもなかったので久しぶりのロスアンジェルス空港の乾燥した空気と閑散な雰囲気を味わった。

4回目があるとは思えないし、それに懲り懲りだ。






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by nshimaafrica | 2011-04-25 00:14 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)
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