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カテゴリ:★溜まった妄想( 107 )


2019年 07月 22日

神話も夢の夢になってしまう

札幌駅近くの北海道庁旧本庁舎の中に樺太関係資料館がある。

かつて日本領土であった土地も、一旦全く異なる文化で覆われると
その土地の雰囲気がガラリと変わるようだ。
以前の文化の痕跡がなくなるほど、風土に変化を加えられてしまった地域を
日本国内で見つけることは難しいと思う。

独特の文化を持つ土地や地域であっても、カリブ海、西インド諸島のように、
元々住んでいた先住民を一人残らず皆殺しにして、物理的な文化の痕跡を消してしまえば、
新しい居住者にとっては、「心のふるさと」にさえなりえる。
もともとこのような土地なのだ、我々の土地と思いこんでしまえるだろう。

アメリカの土地の多くは、かろうじて地名にに先住民のかすかな痕跡を感じるだけだ。
北海道も然りで、約89%の地名はアイヌ縁らしい。
ニュージーランドのような元々森林の国であっても、元々マオリの土地であっても、
樹木を切りまくってイギリスっぽい景色に変えることができる。

神社仏閣や水田が似合うような本州、四国、九州の土地であっても、
日本人を全て消し去り、その文化に繋がるありとあらゆるものを徹底的に抹殺、粉砕するなら、
八百万の神の土地という神話も、跡形もなく夢の夢になってしまうだろう。

話は違うが、恨みを晴らすのに、メキシコ人はナイフを使い、アメリカ人は銃で・・
などと大昔アメリカで働いていた頃、まことしやかによく聞いたものだ。
思いの丈をナイフにこめるのがメキシコ人で、相手の時間を止めるためにアメリカ人は銃を使う。
旧道庁本庁舎内の樺太関係資料館を見るたび、何故かわからないがふと思い出してしまう。

アメリカ:ワシントン州オロンド3 足音 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A.



by nshimaafrica | 2019-07-22 13:19 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2019年 03月 07日

いざの時の避難場所

様々な異なるコミュニティーに属することで、自分の身の置きどころが楽になる。
---なんてことを何故今まで気がつかなかったのだろうかと思う。
最近気がついた。今更ながら。

虐められた小中学校生が追い詰められ自殺する例などは、
正にコミュニティーが少なく狭く、「学校」だけの世界から逃げ場がない典型的な事象なのだろう。
どうせ一人だけでは生きていけないし、否が応でも何らかのコミュニティーに所属することになる。
家族、仕事、居住地域、同級生、別々の趣味、国籍、宗教など色々な括りがあるだろうが、
全く交わりのない別々のコミュニティーに属すれば、いざの時の避難場所のヒントになるのかも。

中には無意識に多くのコミュニティーに属している人がいるだろう。
性格にも依るだろうが、自分ではできない故、羨ましく思える。



by nshimaafrica | 2019-03-07 14:29 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 27日

過ぎ去る分にはちょうどいい場所

旅行したくなる景色といえば、イタリア。
北欧、ドイツ、イギリスなどの風景を眺めても是非行ってみたいと思わない。
仮に一定期間住むとしたら、たぶん北の地域の方がラテン系ヨーロッパよりも
楽で快適であろうことは容易に想像できる。
その場を過ぎ去るのであれば、イタリアがいい。
もちろん思い込みだ。

日本の田舎に住めるだろうか。
その大変さも理解しているつもりだ。
かといって、もう二度と東京に住んでみたいなどと思わない。

大都会の東京などの場合、日本語がわかるので、押し寄せてくる情報の量も当然多くなる。
とにかく過剰なのだ。
しかも、基本が田舎思考なので、必要な情報を選択的に受け入れる方法がほとんど身についていない。
際限のない無機的な情報を有機的にしか処理できないレセプターの持ち主なら、
当然ながら情報過多になってしまう。

旅行するだけの外国人などは、情報過多にもならず、なりえない。
単に刺激が多く、過ぎ去る分にはちょうどいいのかもしれない。




by nshimaafrica | 2018-08-27 14:54 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 09日

BS海外ドキュメンタリー「ママ・コロネル」と呪術

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昨晩、夜中から始まる海外ドキュメンタリー「ママ・コロネル」を見た。

コンゴ民主共和国(旧ザイール)キサンガニで警察に勤務するタフな女性警察官の日常を追う。
2000年頃に発生した戦争犯罪被害者やDV被害の子供たちのため、
シェルター運営に関わる様々な出来事を取り上げていた。

キサンガニは、地図からすると広大なコンゴ盆地の低地に位置するようだ。
34年前に住んでいたザンビアの隣国といえどもとんでもなく、
果てしなく遠い土地だろうと頭でわかっている。
違う言語、生活圏の人達であろうと推測できる。

当時はザイールと呼ばれていた。国境を少し越えてみたが、
フランス語が全く理解できずすぐに引き返した覚えがある。

最近のドキュメンタリーにもかかわらず、以前と比べても画面が醸し出す生活スタイル、
表情、雰囲気が似ていることや、何かしら細部にサブサハラで共通する点があることに驚いた。
特に印象に残ったのは、何十年経っても、基本的に呪術の世界が紛れもなく存在していたことだ。
人々が同じ呪術を受け入れるレセプターを共有している様子などが、相変わらずなのだ。

日本も同じ。数十年前まで、狐憑きがあり、現代に至っては何のことはない「新興宗教」などに形を変えているにすぎない。
呪術と共通する要素が日本人にしても変わらず存在する。
つまり基本的に地域差などあまりない。

時間の経過にしても同じだ。
人としての進歩などギリシャの哲学者がなんやかんや悩んでいた時代、
2000年前だろうが3000年前だろうが比較しても大して進歩していないことは確かだ。
だから戦争も起こるし誰もが下らないことでやはり悩む。
ただ「様々な技術やその効率」だけが恐ろしく進歩した点が異なる。

現代の薬におけるプラシーボ効果なんてどうだろう。
正に呪術を共通項とする精神構造とあまり変わらないのではないかと妄想する。

ザンビアなどでは、魔法陣のように、泥棒よけに窓や入り口に「呪い」「魔除け」を鶏などの生贄を使っていた。
「呪い」「魔除け」をかけたという「噂」が広がれば、実際に泥棒が侵入できなくなるのだ。

つまり集団催眠のような効果が実際にある。同じレセプターを持つ者どおしにはある程度効果が期待できる。
俺の知る限り、これは事実だ。
西洋のエクソシスト、悪魔祓いなども見かけが洗練されているだけで本質はほとんど同じだと思う。

そこに全くの部外者がズカズカと入りこんだ場合がほとんど漫画だ。
全く効果がないのだから。

マラウイ:見えなかった泥棒1 リロングウェ1997年8月~2000年9月 Malawi



by nshimaafrica | 2018-08-09 10:14 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 20日

想像力が欠如し始めているからか

昨今の欲の塊でしかない政治家が60歳がまだ若いなどと言うたわごとは、
年金支給開始年齢を遅らせたいからだろう。
安倍などの理不尽がまかり通り、クサイやつがデカイ顔をしている。
それを支えているのが、逆に立場が弱いと自覚できない若い連中との事。
それをスポーツと自然災害ニュースとお笑いでやり過ごそうという魂胆がクサい。

今の60代が長生きできるとはとても信じられない。
昭和33年以降の世代は、添加物の形でわけのわからないものをすでに体に取り込んでいる、
と言ったのは西丸震哉だったな。感覚的に根拠もなく信じる。
放射能汚染も加わったこともあるし、
片っ端から病気であの世行きになるに決まっている。

少なくとも、身近で言えば51歳で死んだ母親の叔父よりも長生きできたからまだいいと思ったことがある。
テレビを見れば、聞いたような名前が次々といなくなる。
あれよりもこれよりも長生きしているんだななんて思うこと頻り。

とんでもない状況下で生きている人達は世界にごまんといるし、
そんな情報もスマホやネットで昔よりもかなり入りやすくなっているはずなのに、
国内の理不尽が堂々とまかり通る世の中になったのは、
いよいよ皆の想像力が欠如し始めているからだろう。




by nshimaafrica | 2018-06-20 12:47 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 23日

犬どうしはやたら反応しやすい

今さらと思うけど。

日本人以外と話す時は、人間の基本的な部分において共通しているが、
それ以外、かなり違う感性で成り立っているのだという前提で相手にするからあまり腹もたたない。
とはいえ、一旦こじれると、だから尚更すさまじい成り行きになるのも事実。

日本人どおしの関係だと、頭のどこかで相手を理解できる、
もしくは理解してもらえるのではないかという幻想がもたげてくる。

相手の世界などはるかかなた、わかるはずもなく、
向こうも自分の世界など想像すらできないのだ。
その勘違いのせいで、何故わからないのだ、理解してくれないのかと腹が立つことになる。
ちょっとしたことで激高してしまう。

同じ言語を使用しているから表面上の「事実誤認」は少ないかもしれないけど、
ただ単にそれだけ。
各々の「ものさし」は違う。

共感できる、できないは別の次元。

犬の散歩中、犬どうしがやたら反応しやすいのと同じかもね。

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by nshimaafrica | 2018-02-23 10:47 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 30日

皮膚感覚で味わうことは別物

自民党は若者層によって支えられているらしい。
将来に何も期待せずとも現状維持を望む層が多い、
だから自民党へ投票したとの分析がテレビで紹介されていた。

若者の海外旅行離れも基本となる考え方もまた同じように思える。
事なかれ現状維持なのだろう。
「真綿で首を締める」とは正にこの事。絞められる常態であるが。

旅行も未知の世界に想いを馳せるのではなく、
仮に現地へ行ってもネット上に出回る他人の情報を、
スマホで確認する作業になってしまうのでは何とも哀しい。

旅行に際し、重い現物の「地球の歩き方」や「ロンリープラネット」を持ち歩く不便も理解できる。
デジタル情報で軽くするのもわかる。

どんな旅行形態であっても、もちろん個人の自由。当然だ。

但し、世界中の情報をネットで仕入れる事と現場の皮膚感覚を味わう事とは最低限、全くの別物と言える。

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by nshimaafrica | 2017-10-30 17:41 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 12日

ヤンキーの世界と真逆の感性 (BS1スペシャル「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」)

いわゆる日本語の「ヤンキー」をアメリカ人へ説明しようとするなら、
北東部に住むアメリカ人の俗称とは全く関係ないことをことわっておくのが妥当だろう。
語源がどうであれ、まず最初にきちんと前置きして説明しておかないと
とんでもない誤解を招くおそれがあると想像できる。

そこで日本語のヤンキーを端的に説明するのに、簡単に理解してもらう方法を考えてみた。
だが、そもそも自分の「定義」自体がかなり怪しく、一般的に抱くイメージと自分の解釈に
大きな隔たりがあっては、説明もへったくれもない。

まず、斎藤環の考え方に納得しているので、それを基本にゴチャゴチャとこじつけてみた。

目立つのが大好きである。
心意気がすべてである。
気合がすべてである。
ノリが大事である。
絆が大好きである。
論理を無視している。
本人は理屈があっていると思っている。
仲間内の正義感がある。
寄らば大樹の陰である。
一般的に表現型の部分は若者が代表している。が、メンタル的には中年にも当てはまり本当は年齢に関係ない。
時々反体制的にふるまおうとするが、思い切り保守である。
伝統が大好きである。否、古式ゆかしい伝統的な雰囲気が好きなだけである。
相田みつを的感性が好きである。にんげんだもの。

といったことを英語で説明したところで、何のことだが意味不明になることは明らか。

最近、テレビでトム・ハンクスとメグ・ライアンが出演した「You've Got Mail」の映画を見た。
その中で、トム・ハンクスが「ゴッドファーザー」のセリフを引用していることで閃いた。
ヤンキーは、ファミリーの中の一番下っ端から、
重厚さを抜いてペラペラにしたチンピラ風マインドを持っている連中と言ったら少し無理があるかな。

もしかして、目立つのを控えた一般的な日本人になってしまうかもしれない。

BS1スペシャル「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」を見て、
彼女らの納得の仕方に典型的西欧の感性の一端を感じた。

ヤンキーと真逆である。

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by nshimaafrica | 2017-10-12 08:12 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 05日

犬の糞

アパートの自転車置き場、しかも自分の自転車のすぐそばのアスファルトの上に1本の犬の糞があった。
触るのもためらって、片づけることなく、そのままにしておいた。
乾燥し寒くなる時期でもあったのか、次第に乾き、
しまいには粉々になり元の形がわからなくなるまでになった。

毎度、毎日、供給されるなら、その場は犬の糞だらけになるだろう。
自然に分解する・・・新たに供給されないからだ。
時間もかかるが、糞1本ぐらいなら2、3週間で勝手に片づけてくれるのだろう。
世界には都市全体がそんな場所というのも聞いたことがある。
それどころか、実際のところ世界のものさしはそちらの方へ近い。

しかしながら、その時間があまりに長すぎる「放射能」は別の次元。宇宙の次元。

細部、時に些末にだけ何故かこだわる日本人。哀しき性。

風邪をひいても、無理することなくすぐに横になり、十分な栄養と休養をとればほとんどの場合、
改善の方向へ向かうだろう。

無理を強いられ、休みたい時に休めず、安直なインスタント食品。
強力な薬だけで抑え込もうとすれば、
何らかの弊害が出るのは、当然といえば当然。

無理を要求され、それが当たり前で回る世の仕組みは、明らかにおかしい。

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by nshimaafrica | 2017-10-05 09:57 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 01日

無知と自己肯定感

高校の時、下宿せざるを得なかった。元造り酒屋の広い敷地と建物だったため、
高校生だけでなく、会社員もいた。
6人か、7人か忘れてしまったが兎に角、大所帯だった。

遠距離で自宅から通学、通勤できないので県内の様々な出身者がいた。
夕食後、離れ部屋にいる奴の所に2、3人集まって時間をつぶすことも少なくなかった。

その中で、今でも印象が残る話があった。
その後、似たような状況が何度も発生したことで、
尚更、些細なことが象徴的に感じ、はっきりと記憶に残ってしまったのかもしれない。

ある写真を見ていた。週刊誌だったか定かではない。「日系アメリカ人」の写真だった。
一人が外人っぽくないのはおかしいと言った。周りもそうだ、そうだと言った。
何かの冗談かと思ったが、各々皆まじめな顔をしていた。
しかも、うなづきあっていた。

当時、間違った解釈なのでは・・と思ったが口ごもってしまった。
アメリカ人であることと、その人間のDNAは全く別の事だと気が付いていなかった様子だった。

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20代後半、会社員になってから、沖縄に駐在したことのある定年間際の上司が、
昼食を一緒にとりながら話を始めてこう言った。

黒人という人種が信用できないと。

開いた口が塞がらないとはこのことだった。
その時、俺はつい数か月前まで2年間アフリカで現地の人達と働いていた。
その事実を知っていたはずにも係わらず、平然と物知り顔で言い放ったのだ。

その後、内容の違った形で、何度も何度も似た「状況」に遭遇した。

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自己肯定感が強い人間を羨ましく思える。
それはそれで自信に満ちて生きやすいのだろう。
いい育ち方をしたのだろう。
些細な経験で、それを一般化して大きな揺るぎない自信に変えてしまう。

そういうタイプが羨ましい。目の前をたびたび横切る。

ただ、無知と自己肯定感の強さが合体してしまうとと、喜劇だけではすまなくなる。
哀しいだけでなく罪になる。

逆に、過去の出来事を封印してしまいたい人がたくさんいるのに。

*先の話と関係ないが、その後、高校時代の下宿先は、
連帯保証人の責任で家屋、敷地をなくした。現在は鉄筋のマンションが建っている。

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by nshimaafrica | 2017-10-01 10:58 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)