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2011年 10月 31日

トリニダード・トバゴ:ウエストモール、ハイロー 2001年~2006年 Trinidad and Tobago

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首都ポート・オブ・スペインに隣接するディエゴマーチン地区にある海側に面した3棟のアパートの隣にウエストモールと呼ばれる大型ショッピングモールがあった。また、すぐ隣のHilo(ハイロー)というこれまた大きなスーパーマーケットがあり、妻はそこでほとんどの買い物を済ませていた。レジで清算が済んでからショッピングカートのままアパートの部屋の台所まで持ってくることができるほど近かった。

1回買い物をするたび5、6千円分がすぐに財布からなくなった。別に高価な物を買うわけではなかったが、島の物価は、日本やアメリカ本土に比べてもずっと高かった。世界中の「島」と呼ばれる場所は大概輸入に頼るため物価は自然に高めになるが、特に東カリブ海地域全体が物価高であった。トリニダード島は、人口が多いこともあり他のカリブ島嶼国より物価がかえって低めだったらしい。北の島国へ移動するに従い徐々に物価は上昇すると伝え聞いた。北のアンティグア・バーブーダに出張した際、南に位置するトリニダードよりも更に高かったことを確かに実感した。

場所の近さ、便利さの利点はあったが、5年間もの間、常に何となく買い物に行く気になれなかった。何故か買い物をする間いつも動悸がして落ち着くことがなかった。そもそもトリニダード島に住んでいること自体が落ち着かなかった。エアコンが発する電磁波や何かの低周波が原因ではなかったのかと疑ったが定かではない。エアコンはトリニダード国内で製造していて騒音がひどく、振動がどこからかともなくいつも響いていた。アパートの場合など、ビル全体から高周波か、低周波かは知らないないが耳に聞こるか、聞こえないような周波数の音声が途切れることなく晝夜なく、しかも1年中続いていた。性能のいい機器は全て外国製、ほとんどは日本製だったが購入者は限られていた。トリニダードのうるさい国内産と比べ性能に格段の差があったことは断言できる。

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by nshimaafrica | 2011-10-31 20:23 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 31日

(500)日のサマー (2009) (500) Days of Summer

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いくつになってもこの手の恋愛ものは見てしまう。テレビで繰り返し放送されても、最後の部分は確認するように引き込まれてしまう。なかなか学習しない男と実は待っていた女の話なのだが、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットとThe Hitchhiker's Guide to the Galaxyのズーイー・デシャネルがまさにぴったりのはまり役だ。

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by nshimaafrica | 2011-10-31 00:01 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 30日

ベトナム:民族博物館 ハノイ Vietnam

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路線バスに乗りながら1年半ぶりに民族博物館へ行ってみた。何も目新しくはなかったが、竹でできた高床の部屋は、夏の間、過ごしやすいように見えた。(上の写真と下の写真は別の建物)

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by nshimaafrica | 2011-10-30 18:27 | Vietnam の頃 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 29日

すでに終わっていた旅 世界一周2007年12月~2008年6月 Canada

ケベックシティー セントローレンス川を臨む

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モントリオール モン・ロワイヤル公園
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ヨーロッパからカナダに入国した時点で旅はほとんど終わっていたのだと後から思った。モントリオール、ケベックシティーをぶらついている時の空虚な感じは何だったのだろうか。カナダは成田への唯の通過点でしかなかったようだ。本当はもっと時間をかけて中南米へ南下していくべきだったのだろうが、すでにその元気はなくなっていた。

モントリオール市内のホステルから地下鉄と路線バスを使って空港に着いた。一旦トロントへ飛び、成田行きの国際線を待った。トロント空港の売店で買った寿司折が、期待していない分きちんとして美味しかったのに対し、ひそかに期待して乗った国際線のエアカナダの機内食は、今まで食べた中で最もまずい日本食だった。そのことだけ頭に残っている以外、最後の札幌市内のバス停に降り立つまで、成田到着、新千歳への国内線移動など一切の記憶は残っていない。

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by nshimaafrica | 2011-10-29 21:52 | 2006年9月-2009年 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 28日

イタリア:フィレンツェ、ピサ、アッシジ 世界一周2007年12月~2008年6月 Italy

ピサの斜塔
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フィレンツェ ドーモ
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アッシジの麓のホステル
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アッシジの麓のホステル以外、どこでも毎日、毎晩、自炊を繰り返した。時々昼食も自炊した。簡単な料理でも結構満足感があった。現在と違って1ユーロが160円ぐらいだった。
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by nshimaafrica | 2011-10-28 23:27 | 2006年9月-2009年 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 28日

イタリア:ヴェネツィア 世界一周2007年12月~2008年6月 Italy

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サンジョルジェ・マジョレーレ聖堂から見た景色。観光客はあまりいなかった。絵に描いたような景色とはこのようなものかと思った。

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by nshimaafrica | 2011-10-28 15:33 | 2006年9月-2009年 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 27日

カリフォルニアからやってきた男 オロンド16 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A.

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映画のキャラクターに出てくるような性格を持った人間が、実際に存在することを身に染みて感じたことがもう一つあった。

1年先にアメリカへやはり派米農業研修生として働いていた兄が、イーストウェナチーの日系人の果樹農場に住んでいた。同期の長崎県出身の研修生も働いており、週末ごとにそこに泊まりどんちゃん騒ぎをし、映画を見、日曜の夕方、オロンドへ戻る生活を繰り返していた。そのような中で、兄からその農場で働く労働者の話を度々聞くことがあった。風変わりな男ですらりと背の高いメキシコ人が農場で働いているという話だった。日系人のボスを小馬鹿にしつつ十数年もの間、同じ農場で働いてきたとのことだった。70歳近い老人で、名前をレオ・バレンタインと言った。ドイツ人の血が混ざっている噂だったが、スペイン語が母国語で文法はさておき、英語も流暢に話せた。但し、英語にも過去形があるらしいことに30年かかって偶然、気がついたことを伝え聞いたことがあったが。

一瞥するとヨーロッパ系白人のようにも見えた。町の酒場(タバーン)で何回も出会ったことがあったが、その辺の普通のメキシコ人でないことはすぐにわかった。週末に大型のピックアップと共に町へ繰り出す時は、頭からつま先までめかし込み、ピカピカのウエスタンブーツを履いていた。俺は気取っているのだぞと、だまっていてもいちいちが主張していた。傑作だったのは、目の前の指に挟んだ火の付いた煙草を注目させたまま、瞬時に消滅させる手品のような技だった。たまたま酒場で披露していた時に偶然居合わせたのだ。回りで取り囲んでいる連中は一目瞭然なのだが、見ている本人は気が付かない。煙草を頭の上を通り越して首の襟口めがけて指で弾き飛ばした。うまい具合に煙草が背中に入り、後から大騒ぎになったのだが、全くテレビのマンガと同じような結果だった。また、煙草に火をつける時は、毎度マッチを指で弾いて毎度「粋」に振舞っていた。女と見かけの格好良さのみに、稼ぎ出すお金の全てをつぎ込んできた人生だったらしい。

ある土曜日に日系人果樹園の同期生を直接尋ねてみると、肉体労働にはとても似合わないような服を着た恰幅のいい男がレオ・バレンタインと一緒に働いていることに気がついた。レオの弟だった。年老いても果樹園で肉体労働をしている見るに忍びない兄を連れ帰り引き取るために、わざわざカリフォルニアからシアトル、ウェナチーの空港を飛行機で乗り継いではるばるやって来たとのことだった。どう見てもお金持ちの弟だった。

数週間後、知らぬ間に農場からレオの姿が消えていたことを聞いた。

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by nshimaafrica | 2011-10-27 16:45 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 26日

イタリア:ローマ バチカン 世界一周2007年12月~2008年6月 Italy

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ふとローマを思い出した。

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by nshimaafrica | 2011-10-26 23:41 | 2006年9月-2009年 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 25日

マラウイ: スーダン人国連職員 1997年8月~2000年9月 Malawi

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今まで部下などという存在を未だかつて持ったことがない。肉体労働であれ、デスクワークであれ、文句を言われながらの使われ人だった。何々長などという立場に関係ないままだったし、これからもそうだろう。唯、海外にいる間、秘書とか助手を使うような仕事をする機会があった。マラウイでの秘書の名はチャリティ、黒人で熱心なキリスト教徒だった。チャリティーは以前から働いていたのを引き継いて雇用した。今で言うシングルマザーでリロングウェ市内に家を借り、一人で子供を育てていた。顔を見ただけで聡明さが漂っていた。非常に論理的だが物事に神経質さを感じさせずゆったりとした物腰をしていた。プライドが高く、他の男達は、常に一目を置く存在だった。どうして結婚に失敗して今の生活をするに至ったのか不思議に思うほどだった。他に運転手と助手を雇用していたが、彼女の家からの送り迎えという特別待遇が雇用の条件だった。以前はイギリスのNGO団体で働いていたが、引き抜きで収まった経緯もあったらしい。

強烈なイメージを受けた人間がいた。同じ敷地にある国立衛生研究所のスタッフには、どういうわけか国連職員の立場の人間もいた。他のマラウイ人と並んで立っていても一人だけ影のように見えるほど肌の黒い青年だった。いわゆる青く見えるほど黒い肌だった。顔つきが精悍で、黒人とひと括りできるようなものではなく、同じ黒人でも地元のマラウイ人ではないことはすぐにわかった。スーダン生まれだと言った。スーダンで国連職員に応募し、諸事情でマラウイで働くことになったとの事だった。給与はマラウイ政府ではなく、もちろん国連から支払われていた。パソコンが詳しくマラウイ人の職員からの質問や修理に答えていた。実は、パソコンで困った事態になり救いを求めた際、助けてくれたのが彼だった。聞くと誰に習ったわけでもなく自分で覚えたとのことだった。Dosプロンプトを自在に操作することができた。当然周りのレベルとは比較にならないほどだった。賢さは人種に全く関係ないなどと頭で理解していても、この場合の刺激は特に強かった。

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by nshimaafrica | 2011-10-25 20:44 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 24日

アメリカ: グランドサークルその2 2003年夏 The Grand Circle, U.S

カリブ海のトリニダード・トバゴ発、マイアミ経由ラスベガスへの途中、グランドキャニオンを見下ろす

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ブライスキャニオン
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グランドキャニオン北岸
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マーブルキャニオン空港の近く
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レインボーブリッジ
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ロッキーの山並み
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シルバートン
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10日ほどかけてラスベガスから北はコロラド州グランドジャンクションまで北上し、インターステート70号線、15線に乗って戻って来た。これも印象深いドライブ旅行の一つだった。

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by nshimaafrica | 2011-10-24 23:23 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)