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2012年 03月 31日

ノルウェー:突然の検札 世界一周2007年12月~2008年6月Norway

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オスロ市内の路線バスに乗ることになった。バスの乗降を見ているとキセルをしようとすればできるようなシステムだと思った。だが、停留所と停留所の間の走行に入った瞬間、バスの前方と後方の出口近くに座っていたどう見ても乗客にしか見えないラフな私服姿の4、5人の男女が突然立ち上がった。

「そのままの位置から動かないように」
乗客全員に対しうむも言わせぬ警告だった。何事かとその警告を発した男を振り向いた。4,5人全員が胸元の首に掛けた身分証明を目の前に持ち上げていた。
「・・・に所属する・・・と言います。皆さまの乗車チケットをこれから検査します。」と言いながら端から即座に検札を始めた。

見知らぬ土地では変にごまかさないのが得策な場合もある、と心がけていたのが正解だった。罰金は結構高額のようだった。検札チームは任務を完了すると次の停車所でさっさと降りていった。

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by nshimaafrica | 2012-03-31 11:35 | 2006年9月-2009年 | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 30日

ビルトン (Biltong)、南アフリカの干し肉

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ビルトン (Biltong) は南アフリカの干し肉、知っている人はかなり限られているのではないか。ザンビアのコッパーベルト州に住んでいた頃、インド人の小売店で小袋に入った干し肉を買い、あまりのおいしさに驚いたことがあった。中身が微妙に柔らかくさらに噛んで味わえばさらにおいしくなる。アメリカのスーパーで売られている大量生産のビーフジャーキーなど足元にも及ばない。本物なら、もっとおいしかったのかもしれないが。ビルトンはビーフジャーキーではない。
ビルトンを売っている店をネットで探すのだが中々見つからない。それだけ日本でポピュラーではないということなのだろう。2011年 08月 06日南ア、ザンビア:肉の加工品のおいしさ South Africa, Zambia

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by nshimaafrica | 2012-03-30 10:37 | ★たべもの | Trackback | Comments(1)
2012年 03月 29日

久しぶりに中央図書館へ

橋の上から豊平川河川敷を見渡すと雪が完全に消えるまでまだまだ間がありそうだった。

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排雪車で集められた雪は河川敷に敷き伸ばされていた。
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久しぶりに天気がよかった。歩き出してみて急に札幌市中央図書館へ行く気になった。着くまで1時間近くかかるかもと思ったが雪が融けて路面がだいぶ見えていたので大して苦にもならなかった。

やっと2年ぶりに到着した中央図書館は、たまの休館日だった。がっかりしてロビーの長椅子に座っていると同じように勘違いした老若の図書館利用者が次々と建物に入って来た。

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by nshimaafrica | 2012-03-29 10:40 | 2012年1月以降 | Trackback | Comments(3)
2012年 03月 28日

干し肉をつくる

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干し肉を作ろうと豚のバラ肉を2本合わせて700gを買ってきた。肉の重さの5%以上10%以内の重さを目安に塩(約大さじ3杯分)を、3月18日、2本の肉の表面にすり込んだ。トレイにのせビニールで包んで冷蔵庫の中に保存しながら肉の水分が滲み出てくるのを待った。様子を見ながらビニールを開けて3回ほど水分を取り除いた。3月25日に取り出してそのままサランラップで空気が入らないように包みまた冷蔵庫の中へ入れ熟成を待っている。

写真は熟成2日目。

2週間後を目安にして、その後、針金でつるして外で影干しの予定である。問題があるとすればカラス対策で、昔、妻がハムスターを飼った時に使ったケージがあるので、それをうまく利用できないかと思案中。

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by nshimaafrica | 2012-03-28 11:44 | ★たべもの | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 27日

ルサカ: 中心街、裏からの夕暮れ ザンビア 1984年1月~1986年2月 Zambia

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この写真を見てすぐにここがザンビアの首都ルサカだとわかる人はザンビアに住んでいたか、又は相当マニアックな人に違いない。当時カイロ通りなどの中心街の裏手は広い空き地になっていた。すばやく写真を撮ってカメラを隠したつもりだったが、どこからともなく警官が現れ近づいて来た。何を撮っていたのかと詰問され、フィルムを差し出せと、もったいぶりながら言われた。こんなつまらない景色を撮っても痛くも痒くもないだろがバカタレ、脳タリンがと怒りたかったが、ぐっと堪えて幾分へつらいながら、まさか撮る訳がないでしょうなどとまくし立て、考え付く限り訳のわからなぬ事を並び立てた。半分あきらめかけていたが、警官は急にわかったなどと言いその場を去っていった。心臓がバクバクしていた。2012年 03月 03日ザンビア:ムフリラ周辺 1984年1月~1986年2月 Zambia

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by nshimaafrica | 2012-03-27 11:39 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 26日

ニャンガのホテル: ジンバブウェ1999年6月 Zimbabwe 

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どうやってマラウイのリロングウェからニャンガへ行くことができたのかよく思い出せない。1985年のニャンガはかなり詳しく思い出せるのに、1999年の旅行については、ハラレの宿泊先、レンタカー、空路等の記憶が消え去ってしまった。ビデオに録画されているのだが、どうも現実感がない。1985年当時の記憶を掘り起こしているうちに逆に新しい1999年の記憶に上書きされてしまったようだ。ただこの写真のホテルの様子とその前後についてはまだ大丈夫のようだ。2011年 02月 07日ジンバブウェ:1997年8月~2000年9月ンニャンガ アフリカ1 Zimbabwe 
2012年 02月 07日ジンバブウェ:1999年6月 ンニャンガ Zimbabwe
2012年 02月 17日1985年の ンニャンガ: ジンバブウェ Zimbabwe


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by nshimaafrica | 2012-03-26 11:36 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 25日

27年前のビクトリアフォールズホテル 1984年1月~1986年2月 Zambia, Zimbabwe

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前回訪問の遊覧飛行。水量が多い
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以下は上の写真よりも更に古い。
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何を持って上等なホテルとするかよくわからないが、そもそも宿泊料の高いホテルに泊まったことがない。但し、それなりの雰囲気が漂うようなホテルには泊まったことがあると言えるかもしれない。ジンバブウェとザンビアの国境のそばにある古いホテルだ。

ビクトリアフォールズホテル (The Victoria Falls Hotel) は紛れもなく歴史ある落ち着いたホテルだった。外にあるステージからは遠くに滝、そして空へ舞い上がる白い水しぶきがはっきりと見えた。27年前のことだった。

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by nshimaafrica | 2012-03-25 11:51 | 1982年6月-Zambia | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 24日

研修監理員という仕事 その2 1988年~1991年 Tokyo

当時、海外からの来る研修員の出入口は東京。実際の研修先は冬の寒さがきびしくない西日本が主だった。研修期間は、2週間から3週間、数ヶ所を回る視察中心の個別研修コースだった。東京での表敬とブリーフィングが終わると新幹線で移動、週末を京都泊、それから西日本の様々な研修先にへ更に移動し、月曜から研修先訪問開始という日程が一般的だった。研修科目は思い出せるコースだけでも、例えば、乾燥地農業、高速道路維持、放送技術、治山、建築積算、水資源開発、農業土木、空港管理、コンピュータ言語、リモートセンシング、病虫害防除、牡蠣養殖、森林経営、合板、稲作、貯木、精米等、様々な分野を受け持った。

優先事項として、研修員との間において適度な距離を保ちながら、いかに信頼しあえる人間関係を創ることができるかどうか、当たり前でわかりきったことだが、加えて専門分野の知識と専門用語をどれくらいきちんと身につけられるか、が問題だった。最も合理的、現実的な対処方法は、徹底的に専門分野について研修員と話すことだった。つまり来日した研修員と打ち合わせをしながら最初から専門分野について会話することが重要だった。会話によってどんな専門用語が頻繁に使用されるかを認識し、片っ端から記憶していく作業が必須事項だった。

研修員の国籍も様々だった。アラブ首長国連邦、フィリピン、ネパール、タイ、インドネシア、マレーシア、スリランカ、ザンビア、ベトナム、ブータン、トルコ、ヨルダン、ガイアナなどがすぐに思い出せる。英語だけだったので、一番やりやすかったのは、フィリピン、マレーシア、アフリカの英語圏国だった。逆にやりにくかったのは、ダントツで英語が苦手なタイ人だった。2011年 08月 20日全国:研修監理員という仕事 1988年~1991年 Tokyo

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by nshimaafrica | 2012-03-24 10:09 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 23日

旭川: 初めてのイチゴ狩り 1992年~1997年 Asahikawa

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1992年、冬の最中1月初めに東京から旭川へ引っ越してきた。最初の春は強烈で鮮やかだった。本州と違って6月に春と夏が一緒にやって来た。至る所の花々が一斉に咲き始めた。蛍光灯に近いようなシャープな光は、アメリカのワシントン州にいた頃の感覚を思い出させてくれた。朝、車に乗り込むたびに会社などへ行かずそのまま、ドライブへなどとふと妄想にかられた。月曜から金曜日までの間、営業の仕事で地方の農業共済組合へ出かけるたびに思ったものだった。当時、隔週、週休2日制の北海道地元企業は、幾分珍しい存在だったかもしれない。一旦、雪が融けてしまうと、週末の土、日曜ごとに家族と周辺の観光地へ出かけた。7月初旬、家族で旭川の郊外、鷹栖方面へ初めてのイチゴ狩りに出かけた。

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by nshimaafrica | 2012-03-23 12:42 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 22日

トリニダードの山の上から、白黒写真 2001年~2006年 Trinidad and Tobago

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チャグラマス手前のKFC、側の海岸
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5年間住んだトリニダード島だが、フィルム写真はあまり残っていない。積極的に撮る気にならなかったからだ。かろうじて30万画素のトイカメラでの記録があるだけだ。島での生活は、アパートと仕事場の往復だけで活動範囲の狭い生活の繰り返しだった。休暇でアメリカへ行くのが唯一のガス抜きだった。

島には観光名所のひとつである植民地時代の名残フォートジョージが山の上にあり、内海のパリア湾と首都ポートオブスペインが大きく広がって見えた。観光客などは、めったに行くことがなかったのではないだろうか。1回行けば十分だが、後から考えると数少ない大切な記録になっていることを当時全く気が付いていなかった。


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by nshimaafrica | 2012-03-22 12:40 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)