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タグ:オロンド ( 22 ) タグの人気記事


2016年 05月 09日

昔、water thinning なんてやってたな

a0183811_107632.jpg近くにある公園の「梅」の木を見ていたら、昔、アメリカ、ワシントン州の果樹園で働いてた春の日のある農作業をふと思い出した。

「water thinning」 (水を使用した摘花)とか言われていた。高圧の勢いのある水を放出し、物理的に「桃」の蕾を吹き飛ばす間引き(摘花)という斬新な方法だった。

隣の農場主、グレディ・オービルが「桃」の摘花、摘果作業を大幅に省力化するのに考えだした方法で、まわりの農家も次々と真似したらしい。35年も前の話だ。

グレディ・オービル Grady Auvil : 老境になってグラニースミス(オーストラリアで育種された青りんごの1品種)をアメリカへ導入、ダブルローブランディング double row planting (二列式定植の密植栽培---当時大いに流行った)を発明し大成功させた元数学教師の果樹園オーナー(Auvil Fruit Company創始者)。
さくらんぼの品種「レーニア」もこの農場から始まった。

当時、俺の農場主が、グレディは頭がいいと何気なしに漏らしていた。実際に会える機会があった。なるほど想像した通り、噂どおりだった。

グレナダ:南の島で見つけたりんご GEE WITZ 2003年3月 Grenada


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by nshimaafrica | 2016-05-09 10:54 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 11日

記憶の細い糸を手繰りやっと見つけた「Big Blue Marble」

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1981、82年、アメリカのワシントン州ダグラス郡オロンドの果樹園で働いていた。精神はいつも酸素不足の金魚状態だった。そんな中でも突然癒される瞬間、娯楽がテレビだった。住んでいたトレーラーハウスには、古いアメリカ製白黒テレビが置いてあった。

ダニー・デヴィートが出ていた「TAXI」というドラマのテーマ曲。もう一つが土曜の朝だったか、とにかく教育番組から流れてくるテーマ音楽だった。イントロを聞いただけで金縛りみたいになり、その番組の中へ逃げこんでしまいたくなるような感情にいつも駆られた。Big Blue Marble

最近だが、ふと、もしかしてあれはPBSの番組ではなかったのではないかと思い、即YouTubeで検索してみた。タイトルにかすかな記憶があった。動画で音楽を再生してみた。33年ぶりにはっきりと思い出した。

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アメリカ:ワシントン州オロンド2 TAXI 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A.



by nshimaafrica | 2015-01-11 09:36 | ★映画、テレビ | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 15日

貨物列車と「ホーボー」(Hobo) :1980年~1982年 U.S.

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この写真ではないが、日本の車両の長さと比較ないならないほどたぶん百両近く連結された貨物列車が、コロンビア河を挟んでほぼ毎日走っていた。たまに季節の変わり目などに、列車外側の屋根の上にちらほらと人影を見えることがあった。ある日、年老いた大ボスがその人影を指差して、あの連中を知っているか?と俺に聞いてきた。答えようとする前に、あいつらは「ホーボー」(Hobo)と呼ばれるんだ。定職も持たず日銭を稼ぐ仕事をしながら土地から土地へあんな風にして無賃乗車しながら流れていく連中だ、と言った。噛みタバコをぺっぺと口から吐き出しながら説明してくれた。思い切り軽蔑しているのが言葉の端々から感じとれた。
「ホーボー」、カウンターカルチャー本やザ・バンドなどの歌詞に気がつくことがあり、単なる知識として言葉の意味、背景などを知っていた。だが、実際の目の前にいる保守的なアメリカ人が発する言葉の響きに改めて奇妙な新鮮さを感じた。

乗ってみたいと思った。

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by nshimaafrica | 2012-05-15 09:42 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 29日

アメリカ:農場の風景 オロンド 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A

1981年1月か2月?
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農場の前の通り、北へ延びる
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1982年春、洋ナシの花、コロンビア平原の方向
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住んでいたトレーラーハウス
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サクランボの花、カスケード山脈の方向
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1982年6月、農場のボスと妹の息子と娘、つまり従兄弟どうし
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あれから33年、やはり懐かしい。

by nshimaafrica | 2012-04-29 11:45 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 04日

アメリカ:コロンビア平原からカスケード山脈を眺める オロンド 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A

南に位置するウェナチーの方向

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オロンドの果樹園を眼下に臨む(カスケード山脈に向かって)
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コロンビア平原とカスケード山脈はコロンビア河を挟んで植生、天候も明確に分かれる。カスケード山脈側は降雨量が多く針葉樹に覆われている。一方、コロンビア平原側は雨がは多くないが、一面小麦畑が広がっている。間を流れるコロンビア河の両岸はリンゴ、さくらんぼなどの落葉果樹地帯が河沿いに南はオレゴン州から北はカナダまで何百キロに渡り、細長く延びている。写真は平原からカスケード山脈の方向を向いている。

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by nshimaafrica | 2012-03-04 11:42 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2012年 02月 19日

1980年年末 モーゼスレイクからオロンドへ移動 アメリカ WA, U.S.

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アメリカで最初の冬、モーゼスレイクのビッグベンドコミュニティーカレッジで英会話の2ヶ月間訓練の後、長期派遣先のワシントン州オロンドへ移動した。コミュニティーカレッジのドミトリーやシアトルのキングドームはもはや存在していない。
2011年 06月 06日アメリカ: 12月のモーゼスレイク 1980年~1982年 Moses Lake, WA, U.S.A
2011年 12月 31日アメリカ: 気がつかぬ間に年が替わっていた 1981年 U.S.
2011年 12月 26日最初にNBAに夢中になったのは中学の頃、1971年頃だった

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by nshimaafrica | 2012-02-19 11:28 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2012年 02月 14日

アメリカ:1982年6月中旬 オロンドを去る前に 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A

農場を去る前の日
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ジョン・ボートライト
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ボスの長男(中学生)
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帰国後、何をどうするか何も考えていなかった。ただ開放されることだけがうれしかった。

by nshimaafrica | 2012-02-14 13:41 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2011年 12月 31日

アメリカ: 気がつかぬ間に年が替わっていた 1981年 U.S.

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1981年の正月、アメリカで農業研修生として働いていた。年を越したことに気がついたのは1月2日夜、寝る時だった。そろそろ年が替わる時期かなどと思いカレンダーを確かめたら既に1月2日になっていた。ものすごいショックだった。大晦日を知らないないまま年を越してしまったことと、全く気がつかなかった自分に腹が立ち、自然と涙が出てきた。取り返しがつかないとはこのことだった。来年は間違えないようにしなければと思った。

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by nshimaafrica | 2011-12-31 23:59 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)
2011年 11月 27日

アメリカ:22年ぶりにアメリカを旅して7 シアトルからモンタナ州へ 2002年7月 U.S.

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ワシントン州コロンビア平原Waterville付近
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オロンド(カスケード山脈の方向でなくコロンビア平原に向かって)
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コロンビア河沿いのオロンドで22年ぶりに大ボスの娘とその夫が偶然通りかかった
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ワシントン州グランドクーリーダムを見下ろす
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モンタナ州に入りフラッドヘッドレイクへ行く途中
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グレーシャー国立公園の西側入り口
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グレーシャー国立公園近くのヘリコプターに乗る(パイロットはロシアからの移民だった)
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ロッキー山脈以東に入りイエローストーン公園へ南下途中
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最初のアメリカドライブ旅行は決して忘れないだろう。

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by nshimaafrica | 2011-11-27 12:20 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 12日

機械の取扱いとアメリカ人 オロンド15 1980年~1982年 Orondo, WA, U.S.A.

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高校のアルバイトの延長から、卒業後そのまま常勤として果樹園で働いている若者がいた。ジョン・ボートライトという名前で冬場のプーニングタワー(作業用昇降機)を使っての樹高の高い古いリンゴの剪定を行なっていた時からずっと一緒に仕事をしていた。同じようなプーニングタワーを運転していながら彼は、誤ってスプリンクラースタンドを引いてしまうようなドジは一度もなかった。比べて俺の場合、冬場の剪定作業が終了するまで何本倒してしまったか。

概してどこの農場でもアメリカ人(ヨーロッパ系)は、自動車、トラックと言わず機械を使わせて、へたな奴に会ったことがなかった。実に機械を扱うのがうまかった。自動車など、電子部分が制御する個所の故障を除き、どこの農場主も自分の作業所で直すことができた。アメリカ映画の中で驚くような機転を利かして目の前にある自動車や機械のトラブルにうまく対処してしまうシーンがよく出てくるが、あれは疑いなく現実がベースになっているストーリー展開だと思う。つまり応用が効くのだ。日本のようなやたら細部にこだわる国では、細分化がどんな分野でも進みすぎて、また、やたら「極める」ことやピンの技術にこだわってしまう。自分で直すことを考える前に、お金を出してそんな専門業者へ依頼してしまう傾向があるような気がする。加えて、新しい機械をマニュアルの範囲でしか取り扱わないのではなく、それ以外の裏技を探すことなどは、アメリカ人の得意とする部分だと思える。だからオリジナリティーにこだわる。機械に使われない。もちろん一般化はできない。が、俺の場合、ジェット機などに乗る場合、アメリカ人のパイロットなら安全面で心配しないほどの思い込みがあることを全く否定しない。

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by nshimaafrica | 2011-10-12 11:39 | 派米農業研修生(USA) | Trackback | Comments(0)