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タグ:トリニダード・トバゴ ( 64 ) タグの人気記事


2017年 08月 25日

思い込んでしまう恐怖

ヒューストンで乗り継ぎのために泊まったモーテルでの出来事だった。

夜、誰かが俺の部屋を開けようとした。
カードキーが差し込まれたかすかな音の後、急にドアが開いた。
突然ドアチェーンが伸びた音がした。相手は部屋に誰かいることに気がついた。
そいつは、間違いだったような事をいい残し、立ち去って行った。
故意なのか、手違いかわからなかった。

翌朝、早朝で辺りはまだ暗く人気はまったくなかった。
レセプションへ飲み物を買いに出かけた。

部屋へ戻り、鞄に眼をやると何となく見た目が変わったように思えた。
気になって調べると出発前に封筒へ入れておいた現金200ドルがなかった。

眼を離した数分間に忍び込まれたと思った。
こんなドジを踏んだことは今まで一度もなかったのに。
不安と気持ち悪さが残った。

ヒューストン空港に到着した後、今朝ホテルで現金を盗まれたことについて島の妻へ電話した。

勘違いに気がついたのは4、5日後だった。
後日、妻からメールを受け取るまでずっと思い込んでいた。

今から考えると、2006年頃から心の奥底へ小石を放り込まれたのだと思い返している。
徐々に波紋が広がり始めていたのかもしれない。


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by nshimaafrica | 2017-08-25 09:14 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 11日

新宿駅南口の自動券売機の前で

地方の高校だった。東京から赴任してきた体育教師がいた。顔をはっきりと記憶していた。
出身が東京だったらしい。
15、16年後、30か31歳の時だったか。
渋谷のスクランブル交差点の人混みの中で体育教師の横顔を見かけたことがある。
一瞬だったが、人と人がすれ違う中で通り過ぎて行った。

カリブ海トリニダードで生活していた頃、日本へ一時帰国していた際、
トリニダード島で、アパートに比較的近くに住んでいたS母娘とJR新宿駅南口の自動券売機の前で
偶然出会った。その時は実際に声をかけて驚いた。

親父は、敗戦時、満州から戻る船に乗ろうとする混沌の雑踏の中で弟と出会ったと言う。
繰り返し何度も聞かされた。

普段ありえない確率だろう。偶然はどこにでもあるのだろう。
一般的な説明、解説はいつもこうだ。
脳が特定の一部分だけの現象を取り上げて特別に記憶し、
手の平の皺、星の運行等と関連づけてしまう、運命づけてしまうのだろう、と。
占い師はなくならない。

自分の半生を考える時も同じかもしれない。
女房が時々言う。
あんたは興信所が似合っていた。さらに、
あんたはずっと波に乗り続けてきたから、後は落ちてしまうかもしれないと。

それはそれで受け入れるしかないのだろう。
それなりに右往左往するのだろう。

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by nshimaafrica | 2017-08-11 09:37 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 28日

クレジットカードがATMに「食われる」

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先日、いかにも海外旅行好きな面々との会話の中で「クレジットカード」が話題になった。

俺は、海外の街角によく見られる店舗が隣接していない「ATM」の機械を、絶対に使わないことにしている。
クレジットカードが機械に「食われる」のが怖い・・。
何のことか。誰も俺の意図を全く理解していない様子だった。

随分前の話だ。
カリブ海トリニダード島のチャグラマスの周辺に建物がなく独立した銀行支店を仕事でいつも使っていた。
ATMは支店入口の横、建物の内部ではなく外側に設置されていた。
たまたま営業時間外で、やむなくそのATMを使わざるを得ない状況だった。
過去に何度も使用したことがあったので、特段の心配はなかった。
カードをATMへ挿入して操作を始めようとすると、ディスプレイに変な表示が出てきて機械は何の反応もしなくなった。

「食われた」と直感した。

血の気が下がっていくのがはっきりとわかった。操作画面で何をしても動かない。
カードは戻ってこないままだ。
動悸が激しくなる。
操作画面に電話番号が表示されたが、手元に携帯もない。

すぐさま近くの事務所へ戻り秘書に銀行関係先へ電話をかけさせた。
当然のごとくすぐには繋がらない。
しばらくして銀行本店だったか、どこか忘れたが銀行の係の者と繋がった。
後で支店の人間が回収するから心配ない。明日取りに来てくれとの旨だった。

回収後、ピンコードを変えた。

それ以来、営業時間外で建物外側のATMは絶対に使わないようにしている。

身内も海外で、急いでいる時にしかも時間外にカードを食われたことがあった。
パニックになり国際電話をしてきた。数年前だ。

今時の機械は、昔よりも故障しにくくなっているかもしれない。わからない。
今でも信用していない。



by nshimaafrica | 2017-07-28 09:06 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 24日

2001年12月を思い出す

憂鬱になる写真も珍しい。
ぼやけた粗い写真。
不思議になるくらいカリブ海の、トリニダードの、ポートオブスペインの空気をすぐ思い出せる。
通るたびに溜息とイライラする空港までのハイウェイ、ねっとりとした空気、暴力が漂う。
一方で、多くの人達がこの島に魅了される。

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ピアルコ国際空港、チェックインカウンター
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空港から市内へ
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国際学校




by nshimaafrica | 2017-06-24 17:32 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 08日

マイアミ空港で

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やむを得ずマイアミ空港のホテルに泊まったことがあった。
空港に隣接しているためか、窓がない。
冷風が絶えず送られていた。
エアコンを切るスイッチがなかった。
風が止まった途端、カビが肺の中まで侵入してきそうだった。
亜熱帯の薄暗い壁のない部屋、絶え間ない送風、
清潔な分、明らかに第三世界とは違った。
でも異様な雰囲気だった。

何故空港ホテルに泊まりはめになったのかはっきりと思い出せない。
何らかの避けられない理由があったと思われる。

何回通過しただろうか。空港のいたるところが改装中だった。
当時のマイアミ空港のスケジュールのひどさは、アメリカの他の大空港の中でも際立っており、
搭乗券の乗り換えゲート番号は9割方あてにならない。ほぼ出鱈目だった。
大事なことは、マイアミ空港に到着、着陸寸前での機内アナウンスに聞き耳を立てること。
最新のゲート番号の情報を一応頭の中に入れておいた。
更に着陸したらすぐに乗り換えの移動前に空港のモニターを探した。
ゲート番号を再確認する必要があったからだ。
やたら広い空港だった。端から端まで移動したこともある。
いつもゲートめがけて時計を見ながらダッシュした。

マイアミは、南米へのハブ空港だからか、常に混沌としていた。
パスポートコントロールでのトラブルを頻繁に見かけたし、
一見してカリブ、中南米の様々な国籍が入り混じっていた。
あの雑然とした雰囲気にいつも緊張感を強いられた。

不快ではないが避けたい空港のひとつだった。
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by nshimaafrica | 2017-06-08 15:05 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 05月 25日

島の憂鬱

a0183811_19114280.jpg2004年、夏の旅行でニューヨークのセントラルパークを散歩していた。誰ともなくどこから来たのかと尋ねられた。カリブ海の島からと答えると、物価は安いだろうねと返された。とんでもない誤解だった。世界中どこの島へ行こうが、「島」の物価は高いのである。ほとんどの物資は、島の外から運ばれてくるからだ。輸送料分だけ余計な経費がかかってしまう。島と言わずとも辺鄙であればあるほど物価が高くなる。

東カリブ場合は、一番物価が安いのは、トリニダード・トバゴらしい。噂では北に連なる島国を上がるに従い、少しずつ高くなるとの事だった。各々の国の正確な物価の比較はわからないが、とにかく、地域全体が驚くほど高い。グアドループ、モンセラット、マルティニーク以外すべて訪問した。明らかにアンティグア・バーブーダはトリダード島よりも、またアメリカ本土とは比較にならないほど高かった。但し、どの島も地元で収穫できる農産物だけは安い。

物価が高くて憂鬱になるのは別にして、島の生活は、「島である限り」、大なり小なりある種の閉塞感から逃れられない。住めば都とはいえ、神経が少しずつ蝕まれるように憂鬱になる。このまま一生住んでもいい・・という気には少しもならなかった。

振り返れば日本も島国。だが、北から南まで十分すぎるくらいに長い。気候も徐々にではあるが変化する。小さな島国ではなく、結構大きな島国であることが救いだ。







by nshimaafrica | 2017-05-25 19:20 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 05月 09日

熱帯の紅葉

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冬、日本へフィリピンから来たお客が、妙なことを言い出した。葉のない枝を見て「枯れているから生きていない」と思い込んでいたのだ。実際に枝を折って枝の断面を見せ、死んでいないこと、ちゃんと生きていることを示した。秋に落葉し、冬に備える落葉植物を想像できなかったのだ。フィリピンは熱帯の島なので、いつも緑に覆われている常緑植物からそう思ったのだろうか。逆の立場で考えると、俺はフィリピンへ行ったことがないから、何故そう思ったのかよくわからない。30年ほど前の話。

カリブ海、熱帯のトリニダード島の場合、乾季から雨季への移行が遅れて、山全体が黄色に紅葉することがあった。同じことがアフリカ、亜熱帯のザンビアでも同じだった。乾季が深まると、茂み全体が黄色に変色することがあった。遠目に見ると紅葉した林にしか見えなかった。たぶん、植物自体が生き残るために「離層」をつくり出し、葉を落とし、自己保存を図るのでは、と勝手に想像し、勝手に解釈し、たぶん正しいだろうぐらいの認識だった。真偽はわからない。

熱帯、亜熱帯でも、ある特定の時期に「紅葉」のように見える状態になる。試しに画像検索で、「乾季 熱帯の紅葉」と入れてみたら熱帯の紅葉の写真が出てきた。


1985年のザンビア、ムフリラ
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by nshimaafrica | 2017-05-09 20:32 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 04月 07日

2006年頃の病状

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2006年7月 バルバドスでの写真

トリニダードに住んでいた頃の病状のファイルがあった。随分前のことだが、現在よりも様々な症状とつきあってようだ。老化を感じ始めた時期だったので、これから50代に突入するの方々の参考になるかもしれない。
今読んでみると、5)のリンデロンの使い方は完全に誤っている。

2006年1月21日現在の症状について:

1) 目の強い痛みと視力低下

2005年9月初め頃より強い両眼の疲れ、鈍痛を覚えるようになった。また1年程前から視力低下を感じ始め、特に近くを見る時はつらいので同年8月に日本で老眼鏡を作って使用しているが、眼の症状は変わらない。仕事柄、デスクワークが多くパソコンに向かう毎日なので、以前から目の疲れは感じてはいたが、我慢が出来ない程ではなかったので特に眼科で検診を受けたりしたことはない。11月になってからは特に眼球の痛みがひどくなり、パソコンや書類を読んだりするのも我慢が出来ない程になった。痛みのため睡眠も浅くなり、睡眠不足でまた眼が疲れやすい、という悪循環を繰返すようになった。仕方なく以前日本の泌尿器科で処方された睡眠剤を使用する事もある。ちょうどその頃、○○○○○○でトリニダードに来訪した○○○○○○の勧めで12月初めトリニダードの眼科医を受診したが、特に緑内障などの器質的疾患は無いとの事だった。但しアレルギーがあるとの事で点眼薬のみを処方された。また、眼鏡が不適合との指摘も受けた。さらに同時期、眼の痛みによる睡眠障害の為か、突発性難聴にもなり、○○○○○○によりトリニダードの眼科受診と同時に耳鼻咽喉科も受診した。そこで処方されたプレドニンを1週間服用し、またステロイド鼻スプレーも同時に使用し難聴は回復した。自分でも極力眼の疲れを防ぐように心がけ、体操、指圧、当地の中国人漢方医から処方されたビタミン剤・強肝剤の服用などいろいろ試してみるが余り効果がない。また、コーヒーなどカフェインを摂ったり、眼精疲労用の漢方薬「杞菊地黄丸」(以前○が漢方医から処方されたもの)を服用した時には幾分痛みが和らぐようではあるが、これも持続性がない。

2) 気持ち悪さ

2005年5月初め頃トリニダードで風邪をひいた頃から、時々胸部になんとも言えない我慢できないような不快感を感じるようになった。不快感は「吐気はないが気持ち悪い」としか表現できないもので,敢えて言えば、「長風呂の後の気持ち悪い状態」に似ている。この状態は突然始まり数分から数十分続く。心臓の異常を指摘されたことはない。血液、尿等の検査を6月、7月に受けたが値に異常はなかった。眼球の痛みが発生したのが9月頃なので、もしかして眼の状態と関係しているのではないかとも思う。

3) 頚椎部の痛み

2005年8月中旬より、頚椎の左後部付近に鈍痛を感じ始め以来ずっとそれが続いている。自分で運動したり、指圧したり湿布薬を使用したりしても直らない。1週間前からトリニダードの指圧師(インド人)にかかり2回治療を受け痛みは和らいでいる。

4) 排尿障害

4年程前から徐々に夜間頻尿と尿の出が悪いなどの排尿障害の症状が出始め、睡眠が浅く、常にすっきり起床することが出来ない。2005年5月に風邪をひいたあと下腹部の鈍痛と不快感、夜間頻尿の悪化があり、10年程前の膀胱炎の経験から抗生剤(シプロキサン)を服用後、痛み・不快感は軽快したが、頻尿は完全回復までに至らない。2005年7月一時帰国時に泌尿器科を受診し、前立腺肥大との診断でフリパス25mgおよびマイスリーを処方された。現在も強弱はあるが夜間頻尿は続いている。また、風邪などでタイリノール(アセトアミノフェン)を服用すると後日夜間頻尿が始まることに気がついた。

5) 耳の中の痒み

2005年9月末頃から、原因は不明だが耳の外耳が非常に痒くなり我慢が出来ないほどであった。特に夜間睡眠中に痒くなり綿棒で掻いて傷つけたのかも知れないが、滲出液も出てくるようになった。リンデロンVG軟膏を塗布し4日ほどで痒み・滲出液も収まったが、また1週間したら同様の症状が出たので再びリンデロンを塗った。強い症状は収まったが、依然痒みは夜中にたびたび出る。

主な既往症 

1995年   膀胱炎
1996年   突発性難聴   
1999年4月 扁桃腺炎 (マラウイで切開手術)
2004年6月 扁桃周囲膿瘍 (カナダで切開手術)
(その他) 花粉症(スギ花粉ではない) 

以上

トリニダード・トバゴ:眼球の痛み 2005年11月 Trinidad and Tobago

by nshimaafrica | 2017-04-07 09:28 | ★健康、病気、事故 | Trackback | Comments(0)
2016年 02月 12日

相変わらず物騒な国のようだ クィーンズ・パーク・サバンナ TT

a0183811_18583972.jpgトリニダード・トバゴ。相変わらず物騒な国のようだ。首都ポート・オブ・スペインの中心部にあるクィーンズ・パーク・サバンナと呼ばれる広大な緑地公園内でカーニバルが毎年行われている。今、日本人女性が犯罪に巻き込まれたというニュースが流れている。たぶん公園というのはサバンナのことだと思う。十数年前ではあるが、近辺は犯罪に巻き込まれる恐れがあると始終聞いていた。カーニバルの時期は特に観光客が多くなる。普段でも用心深さをおろそかさにしたことなど一度もなかった。

悪の法則 (2013) The Counselor


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by nshimaafrica | 2016-02-12 19:01 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 08日

アンゴスチュラ・ビターズ (Angostura bitters)とトリニダード・トバゴ

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いわゆるビターズなのだが、ウィキペディアで「ビターズ」として調べ、画像検索して拡大してみると、どうもどこかで見た覚えがある。よくよく見るとPRODUCT OF TRINIDAD & TOBAGO と書いてあることに気がついた。もしかしてと思い、食器棚からまだ使いきらず残っていたアンゴスチュラのボトルを取り出し確かめてみる。検索の写真と全く同じであることに気がついた。カリブ海のトリニダード島から7年前持ち帰った島の名産品だった。カクテルにはかかせないものらしい。最近、暑くなってきたので時々アイスティーを作る。1、2滴垂らすと香りがぐんと増す。




by nshimaafrica | 2014-05-08 18:54 | ★たべもの | Trackback | Comments(0)