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結構大きなダンボール箱だった

彼の顔は未だにちゃんと覚えている。
名前はもう思い出せない。

彼はいわゆる日本でいう所の上級の国家公務員だった。
高級住宅地の一軒家に家族とともに住んでいた。
それだけで十分人も羨む生活だった。

職場の中で順番が回ってきたこともあり、
やっとのことで日本へ研修で行く機会を得た。
だが、その時、既にある病に冒されていた。
アフリカ発祥の病気とも言われているあの病気だ。

たぶん、本人もその自覚があったであろう。
検査は条件に含まれていなかった。
含めていけなかったのだ。
せっかくの機会を逃したくなかったのだろう。
周りの彼に関わる人間は、婉曲に辞退することを望んだが、
彼は受け付けなかった。
自分の意志を押し通した。

日本へ渡り、当初の3ヶ月はなんとか持ったようだが、
その後急激に衰弱し、やむおえず帰国することになった。

帰国便は、何故か首都ではなく二番目に大きいB市に着いた。
たまたま用事で首都のL市からB市へ車で出張中だった日本人Mさんが、
空港で出迎えた。

3、4時間かかってMさんとともに彼はL市に戻ることができた。
自宅に着いた時、すでにとっぷりと日が暮れていた。
玄関の薄明かりの中にちらりと見えたのは、
結構な大きさのダンボール箱だった。

1ヶ月後、彼は帰らぬ人となった。

真新しい日本製のテレビが残った。



by nshimaafrica | 2017-11-04 17:15 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

安普請の家と固定電話

台風18号が北海道に近づいている。大雨が降りそうだ。

20年程前、アフリカのマラウイで住んでいた家の中ではは、一旦雨が降り出すと、
トタン屋根を叩く雨のせいで会話が出来ないほどうるさくなった。

安普請の家かきちんとした家のつくりかは、雨季に入らないと見分けがつかない。
乾季にいい住宅と思えても、雨季に雨が激しくなるとうるさいだけでなく、
雨漏りが必ず始まる。チョロチョロした雨漏りが、1ヶ所だけでなく数カ所へ広がっていく。
よくぞ漏電しなかったなと思い返している。

当時、雨は固定電話の繋がり具合へ間違いなく影響を及ぼした。

ある十数年前のドキュメンタリーの中で、アフリカからイギリスへ移住した腐敗政治家の奥さんが、
電話の会話中、都合の悪い話になると「電話の音が聞こえにくい。雨のせいかも」と言った。
その言い訳に大笑いしてしまったことがある。
イギリスで雨が降っても、電話が繋がりにくくなることなど絶対にありえないことを全く知らず、
自分の今までの常識で誤魔化そうとしていたのだ。

たぶん、現在は固定電話のから携帯やスマホの時代へほぼ確実に変わっているので、
雨が降ると固定電話が繋がりにくい問題は、解消というより避けられていると想像できる。
現在の情況はどうなのだろうか。


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by nshimaafrica | 2017-09-18 11:07 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

穴を掘らずにいられない Dogs can't stop digging holes.

近くの公園を散歩すると、かわいい犬達と毎日会える。
特に柴犬が多く、ソフトバンクで有名な北海道犬(実はアイヌ犬)もたまに見る。

「犬」と言えば、柴犬、爺さん婆さん、「ここ掘れワンワン」のイメージが同時に湧いてくる。

ザンビアで飼っていた「ジェシー」はメス犬で、当然柴犬ではなかった。
元々引き継いだ犬なので洋風の名前がついていた。
イギリス人が持ち込んだ犬の末裔と思われる。

犬が土を掘り返すとはいえ、人が楽に入れるほどの大きさの穴を簡単に掘り起こすとは夢にも思わなかった。

子供を産んだ途端性格が変わってしまった。
いつのタイミングかどうか忘れたが、あっという間に玄関のセメントの土台の横を掘り出し始めた。
すぐ飽きて掘るのを止めるかと思いきや、気がつくと1m以上の大きさの穴を簡単に開けてしまった。
掘り出した赤茶けた残土が小山のようになった。
そのまま放っておけば、完全にセメントの土台が空洞になり、
今にもベランダが落ちるかもしれないと心配した。

犬は穴を掘りたくてしかたがなくなるということを、その時まで知らなかった。


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by nshimaafrica | 2017-08-28 08:08 | ★ワンコ、ニャンコの類 | Trackback | Comments(0)

行動半径が少しずつ狭くなってきた

過去の写真を見るとここ数年は、行動半径が少しずつ狭くなってきた。
交通費などの支出を抑える理由もあるが、心の問題も少なくない。

基本的な金銭感覚は、高校、大学時代からほとんど変わっていない。
大きく変わったのは食事の質か。
高校の時、友人宅で生まれて初めてブルガリアヨーグルトを食べて、
毎日食べると言った友人をうらやましく思ったくらいだった。

自家用車は、今まで国内では中古車を3度しか乗り換えたことがない。
しかもその内2台は車検抜きで5万円と7万くらいの車だった。
1台はマラウイへ送って向こうで売り払った。
今は地下鉄に近いので車も必要ない。
維持費もバカにならないだろうし。

17年前、高知県で買った2台のママチャリのうち、
1台は捨てたが、残りの1台はまだ動いている。
後輪のタイヤとチューブを二度ほど替えたくらいだ。
唯一の足だ。
河川敷を走る。他の自転車が眩しいが、買い換える時期ではない。

死んで骨になっても、ハンマーで粉々にしてもらう手間はかかるが、
近くの川にでも撒いて痕跡をなくしてもらって十分。


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by nshimaafrica | 2017-08-24 11:49 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)

ふと口にした言葉

google mapから
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マラウイでのある責任者がふと口にした言葉が今でも忘れられない。日本人だ。その地位で働くのだからもちろんそれなりの実績を積み上げてきた人間である。だが、彼は決して思慮深くはない。
物事を抽象的に捉えるタイプではない。仕事を終えて一人暮らしにしては大き過ぎる借家へ帰ると、真っ先に卵と食べる実益を兼ねて飼う鶏たちの世話、それにゴルフが趣味だった。家族は日本へ残していた。

その彼が俺が働いていた施設の視察に久方ぶりにやってきた。一通り見終わった後、施設を取り囲む煉瓦塀のすぐ外側に掘立小屋を勝手に建てて警備係として生活する家族に気がついた。子供が裸足で地面に座り、炊事のために薪を燃やしていた。マラウイならどこでも普通に見られる光景だった。

「あの家族と俺たちは何が違うのだろう?、何も違わない。たまたま生まれた場所が違うだけだ」

そんな言葉が強く印象に残った。本人が考えたというより、どこからか仕入れてきた言動かもしれなかったが、
そんなことはどうでもよかった。正しいと思った。
ちょっとしたさじ加減で、違う場所に生まれ、目の前にあるような生活をしていたのかもしれない。
第三世界なら尚更それが露骨に感じる。あまりに日常に慣れすぎて想像力が欠落していたことに急に気づかされた。

いつの世も第三世界と言わずとも日本も含め、世界中であらゆる現象に不条理が満ち満ちている。
インターネットが世界中に普及するにつれ、皆が自分の立ち位置に気が付きだした。これは大きな変化。

・・急に思い出した。

自分自身にあのマラウイ人家族のようなたくましい生活力があるかと問われれば、甚だ疑問だ。

1998年


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by nshimaafrica | 2017-08-07 09:17 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

地に足が着いていない感覚

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今まで最も地に足が着いていないフワフワしたような感覚になったのは、成田からマラウイへ発った日だった。
例えると、映画「マトリックス」の中で、モフィアスがネオに赤と青のピルを選ばせられるような気分だった。
恐怖ではなく、映画のように鏡の中へ指が入り出した感だった。もう戻れないと思った。
あの瞬間、脳内ではアドレナリンが出っぱなしになっていたのだろう。
若いと言っても既に40歳に手が届く年齢に近づいていたのに情けない話だ。
他人なら何も思わないことも、奥手の俺はたぶんよけい大袈裟に感じたのだろう。
いい点があったとしたら、小心者の方が、警戒感が強くなり防衛本能も100%発揮できたことだ。

日本国内でわざわざもめ事が起きそうな所、金のかかりそうな遊びなど全く興味もないし、
逆に敢えて通り過ぎたいと思って生活している。
その点では、完全に人並み以下の望みと生活レベルであることに十分納得している。
つまらない、世の常識がないと言われても少しも気にならない。
だが、仮に地方の保守的な日本の田舎で生活をするなら、かなり複雑な感情に苛まれると思う。
まだまだ達観はできていない。若かった頃のトラウマが未だに顔を出すことがある。


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by nshimaafrica | 2017-07-17 08:45 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

バオバブの実 とハイシーA 1997-2000年

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リロングウェからマラウイ湖へ下り、サリマの町へ近づくとバオバブの樹が急に右側に現れる。
(グーグル画像:リロングウェへ向かう方向なので左側に見える)

そもそもハイシーAと聞いて、ピンと来るならそれなりの古い世代の人に違いない。
もしもあの味を知っているなら、バオバブの実の味が正にそれである。
どうして、どうしてと思うほど、味がそっくり。不思議な味だ。
初めて口にした時、驚きと脳味噌の奥にしまっておいた懐かしい味を思い出した。

by nshimaafrica | 2017-06-30 23:45 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

座席についたきり記憶がない

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1997年の話。

午後出発予定だったリロングウェ発ロンドン行きは、機材故障によって翌日に時間がずれた。
予定は完全に狂った。だが、どうしようもない。
リロングウェ市内で最も高級とされるキャピタルホテルで宿泊することになった。

ブリティッシュ・エアウェイズが諸々を負担することになる。
スーツケースを部屋に置き、晴天も下、誰もいないプールサイドでくつろいでいた。
自分の都合では絶対に立ち寄らないホテルだったが、一泊ぐらいなら滅多にない機会ぐらいに考えていた。
ホテルに知り合いがいるわけでもなく、エリア3の自宅へ戻るにしても余計なタクシー代もかかる、
ただひたすら時間が過ぎるのを待つしかなかった。時間が永遠に続くような錯覚。
翌朝、集合の時間になってもシャトルバスが出発する気配はなかった。さらに部屋で待機。
結局、午後3時くらいになってついに空港へ出発した。まる24時間以上遅れることになった。

空港に着いても、さらに待たされた。原因の機材故障は回避できなかった。
最終的に、直行便だったはずが、一旦、南アフリカ、ヨハネスブルグ空港へ飛び
便を乗り換えることになった。どうこうしているうちに夕方になってしまった。
薄暗い中、着陸した中型機は、今まで見たこともないマークのデザインだった。
南アフリカ航空の機体だった。
ブリティッシュ・エアウェイズがチャーターし、急遽、南アから飛んできたようだった。

ようやく搭乗できた頃、既にとっぷりと闇に包まれていた。

みるみる間にマラウイは離れていく。空港以外、地上にほとんど明かりは見えない。
時間の経過がわからない。暗闇の地上が急に明るくなってきた。南アのボーダーを過ぎたのか
オレンジ色の街灯の1本1本がはっきりと見えた。水銀灯なのだろうが、すべてオレンジ色だった。
地上が明るいことに驚いた自分に気がついた。不思議な気分だった。

ヨハネスブルグ発の席に座ったきり記憶がない。夕食をとらなかったことに気がついたのは、翌朝だった。


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by nshimaafrica | 2017-06-11 07:37 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)

記憶に残る匂い

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ドキュメンタリー「殺人者34万人の帰郷~ルワンダ虐殺22年目~」の中に出てきた花を見て、昔、マラウイのリロングウェに住んでいた家の庭にあったある植物を思い出した。雨季か乾季かは定かではない。ただその期間、日が暮れて夜になるとかなり強烈な香りが漂っていた。最初は何の匂いか、どこから臭ってくるのかわからなかった。頭がクラクラするような香りは記憶の奥底にしっかりと残っていた。

Queen of the night --地元ではそう呼ばれていた。ネットで調べると様々な呼び方があるようだ。


by nshimaafrica | 2017-01-19 22:44 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)

ピカチューのぬいぐるみ

a0183811_20594279.jpg1998年、旭川からアフリカのマラウイへ母子で移動した。娘が持参したのはかなり大きなぬいぐるみだった。小学2年生を説得するのに買ってあげたのがポケモンのピカチューだった。当時、日本では大流行していたキャラだったが、ヨーロッパではまだ誰も知らなかったようだ。娘の体をはみ出す程の大きさだったが、機内持ち込みに問題はなかった。

ヨーロッパ経由の道中、空港内を行き来する客達が子供の上半身よりも大きいぬいぐるみを見かけて言った。「あれは何だろう?、きっと、うさぎのぬいぐるみだよ、いや猫に違いない」とかという話声を聞いたとの事。

最近のPokemon Go の大ブームで、ピカチューを世界中で知らない人は、今はもう、たぶんいないだろう。

アメリカ:22年ぶりにアメリカを旅して2 マラウイを思い出す 2002年7月 U.S.



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by nshimaafrica | 2016-07-17 11:29 | 1986年-Malawi | Trackback | Comments(0)