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2019年 05月 17日

久しぶりの東京

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上野不忍池の雀
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横浜山下公園の雀
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by nshimaafrica | 2019-05-17 11:42 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 09日

北海道駒ヶ岳と函館

たまの遠出。
道南へ向かったのは、たぶん26年ぶりくらいだったかもしれない。
古い友人の世話になる。
台風一過で好天に恵まれた1泊2日。

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by nshimaafrica | 2018-10-09 18:18 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 30日

また高校の頃 

高校の頃、下宿していた場所は、歩いて駅まで10分、高校まで自転車で10分くらいの近さだった。
現在、下宿屋はとうの昔になくなり、そのかわりにマンションが建っている。
その周辺の変化に気がついたことについていつかは思い出せない。
たぶん1980年代の初めぐらいだったかもしれない。

かつては、酒蔵があった土地だったらしい。廃業して残った家屋を利用して下宿屋が営まれていた。
土地の名義人だった下宿屋の爺さんが、連帯保証人の判子を押していたがために、
突然一夜にして全ての財産を失ったと聞いた。

大学を卒業し、下宿屋のおばちゃんに会いに行こうとしてわかった事実だった。
下宿屋のおばちゃんは、市内の外れに借りた一軒家にサラリーマンをする息子と住んでいた。
訪ねるとすぐに、線香をあげてくださいと言われた。
爺さんはすでにこの世になく黒い額縁の写真に収まっていた。

地元企業に勤めるサラリーマンが、台所の2階にある4畳半に一人、
一旦玄関を出た離れの住宅にサラリーマンと高校生。
汲取式便所すぐ脇の3畳の部屋に高校生が一人、
道に面した1階がポーラ化粧品事務所の2階のうなぎ部屋に高校生が2人。

計6人だった。下宿と言うからには、当然夕食付きで、毎晩、台所脇の部屋で、
テレビを見ながら一緒に食事をした。

田舎の県で、そのまた田舎から出てきた俺にとっては県庁所在地でも十分何もかもが新鮮だった。

下宿した当初、毎週末田舎へ帰っていたが、当たり前だが次第に慣れてくる。
夏が近づき夜になっても寒くならなくなると、木造の窓の格子を彫刻刀で外して、屋根をつたって外へ出た。
化粧品事務所の2階の二部屋は、トイレへ行くのにも必ず母屋を通らなければならなかったからだ。

誰にも知られず自転車置き場へ行き、自分のを取り出す。

土曜の夜、市内をあてもなく走り回った。


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by nshimaafrica | 2018-05-30 10:11 | USA以前、1980年迄 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 25日

空を飛ぶのに慣れた試しがない

新千歳空港と仙台空港間を格安航空会社の一つであるPeachを使った。
東北へは交通費を安く抑えるために、これまでずっと太平洋フェリーを使い続けてきた。
今年になってPeachが参入したことで航空運賃が下がり、
船での2日かけての移動が必要なくなった。
旅情を楽しむ船の旅でなければ、移動が目的となる。
飛行機の方が便利に決まっている。
只、何回乗っても空を飛ぶのに慣れた試しがない。
揺れるたびにビビってしまう。

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by nshimaafrica | 2017-11-25 11:37 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 24日

東北は雪になった

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by nshimaafrica | 2017-11-24 21:59 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 14日

心地よく思い出せる

当時の時間が穏やかに思い出せる。

by nshimaafrica | 2017-11-14 08:06 | Trinidad の頃 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 28日

東北の秋

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by nshimaafrica | 2017-10-28 21:14 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 19日

祝津

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by nshimaafrica | 2017-10-19 23:13 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 15日

支笏湖・洞爺湖コース

千歳水族館、支笏湖、洞爺湖、有珠山・昭和新山、熊牧場、中山峠。
こういう日もわるくない。


by nshimaafrica | 2017-10-15 21:23 | 2013年5月21日以降 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 04日

手元のメルアドを使用することはない

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今から考えると、高校生の3年間ほど多感だった時期はない。

丁度1973年から1976年。市内に下宿していた。東北の地方都市の話だ。
当時の町の風景をまとめたサイトを見ると、やはり懐かしく思い出される。
(久しぶりに見たら、最近は更新されていないようだ。)
街の様子があまりに変わってしまった。
その間、おれはどこにいたのだろうと思うこともある。

田舎の実家から市内まで通学できるほど交通事情は良くなかった。
下宿しなければならぬ理由が紛れもなくあった。
今でこそ田舎の道は広く整備され、車で約40分ほどの距離だが、
当時は十分遠く物理的に通学などできなかった。
しかも、1時間汽車に乗り終点まで行き、
乗り換えに繋がりのわるいバスで30分以上かかった気がする。
C-62が煙を吐いて走っていたのをちゃんと見た記憶がある。

当時の中高生の情報源は、テレビ以外はラジオが主流で、
本屋で雑誌を立ち読みし、ラジオで確かめ、
FM放送をラジカセで録音する奴が多かった。
レコードも45回転のドーナツ盤がよく売れた時代だった。
YouTubeで当時の洋楽を原題で検索しても、
上がってくるのは日本語で書かれたドーナツ盤の表紙ばかり。
それらの曲はことごとく当時ラジオで流れていた曲ばかりだ。
皆、似たような曲を聞き騒いでいたのだろう。

いつの世も同じだろうが、脳味噌に刺激が伝わりやすい時期の印象は、
いい意味でもわるい意味でも一生ついて回る。

流行なんてのも、誰かが創り誘導してしまうのだろうが、
今の世と比べたら、かなり情報が限定されていた。
せわしい、せわしくないという意味において、
「ウインドウズ95」以前、「常時接続」以前、「スマホ」以前は、
今と比べたら比較にならないほどずっとのんびりしていた。

戦争の世でもなく、見かけは安定していた。
その時代、その時代で精一杯なのだろうが、少なくとも現代の「情報の量」は、
過去のどの時代よりも多いという事実に誤りはないだろうと思う。

全てに網の目も大きかったわけで、ギスギス、ピリピリ感は今ほどではなかった、
と思う。もっとも、あくまでも相対的な情況においてだ。
言うまでもなく、網の目の大きさに恩恵を受けて生きてきたことを自覚している。

目に見えない電波の飛び交う量が増えた意味で、
人と人との繋がり具合も変わっているのだろうが、自分にはあまり関係ない。
ツールは変わっても、連絡したい奴だけ連絡するし、
手元にあるメールアドレスは、そのまま。

まず使用することはないだろう。



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by nshimaafrica | 2017-09-04 11:28 | ★溜まった妄想 | Trackback | Comments(0)